夜のお散歩｜リアクション

夜のお散歩

　夏の制服を着た八十八旗信彦は上機嫌で空を見上げた。
「こんな星空のデートも悪くないな」
「コンビニの前で偶然に出会っただけよね」
　並んで歩いていた瑞穂が鋭い指摘を入れる。信彦は動じるどころか、笑顔で言葉を返した。
「運命の出会いってヤツだね！」
「物は言いようね。それよりコンビニに用があったんでしょ。私に付いてきて良かったの？」
「もちろんさっ！　夜道をレディに一人歩きさせるわけにはいかないからね。部活動の帰りで喉は乾いているけど、ほらあそこ。飲み物は自販機でも買えるし」
　見つけた自動販売機に信彦は駆け寄った。小銭を入れて真剣な目付きになった。伸ばした人差し指が宙で迷うように動く。
「ホットな君に決めたぜ！」
　ボタンを押して出てきた缶を熱そうにしながら持ち帰り、瑞穂に誇らしげに見せつけた。
「ホットのおしるこみたいね。でも、少しインパクトには欠けるかも」
「え～、こんな爽やかな笑いを流すなんて、瑞穂ちゃんの判定は厳しいなぁ」
「さっきコンビニにいた人が『ジョロキア・マックス』なんて缶を持ってたからね」
「とんでもない勇者がいたもんだ」
　信彦は片手で顔を覆って項垂れた。だが、長くは続かない。熱いって、とおしるこの缶に悪態を吐いて、即座に肩に掛けていたスポーツバッグの中へと押し込んだ。目の当たりにした瑞穂は少しばかり目を細めて笑った。
「今の寸劇は面白かったわよ。話は変わるけど、この近くに座れるところはないかな」
「俺に用意できないものはないぜ！」
　信彦は歩道で四つん這いになろうと身を屈めると、背中には座らないわよ、と冷たい声で言われた。
「あっれー、十万円金貨が落ちてたと思ったんだけど、見間違いだったか」
　信彦は自然な笑顔で近くの公園に瑞穂を案内した。
　小さな公園で二人はブランコに座った。瑞穂は尖端が少し曲がった抹茶のアイスの頭頂を口に含むと、満足したような笑顔を見せた。
「抹茶の風味が良いわね」
「俺のおしるこも最高だ！」
「私には汗が噴き出してるように見えるんだけど」
「は、ははは、そんなことあるかな！」
　信彦は勢いよく立ち上がって、おしるこを一気に飲み干した。足元に置いていたスポーツバッグから二本のスプレー缶を取り出し、隅の方に駆け出した。立ち止まるや否や噴霧する音と共に全身を白く煙らせた。
「いやぁー、お待たせ！」
　数分後、さっぱりした顔で信彦は戻ってきた。
　瑞穂は残っていたコーンを口の中に収める。両足で軽く地面を蹴ってブランコを揺らし、前方に跳び下りた。
「八十八旗くん、まだ私に付き合ってくれる？」
「俺がレディの頼みを断ったことがあるかい？」
「じゃあ、ちょっとだけ私の散歩に付き合って貰うよ。夜に甘い物を食べたからね。ルートは……そうね、寝子島の小中学校を回って、時間があれば桜花寮を一周かな」
「確か寮の門限は九時だよね。疲れた時はいつでも俺に言って欲しい。どこでも四つん這いになって、なんてことよりもスプレーの方が効くよね！」
「それには私も賛成よ」
　瑞穂の冷ややかな視線は和らいで二人の夜の散歩が始まった。

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