夜のお散歩｜リアクション

夜のお散歩

「手厳しいな」
　冷蔵庫の中を見て橘勇は言った。
　奥を覗いても何もない。眼鏡の奥の涼しげな目は下段の四隅に向かう。魚を模した醤油入れを発見した。
「この魚は食べられない」
　ボトルケースにも何もない。勇は水道の蛇口に目を向けて、それはない、とボサボサの頭を振った。
「コンビニかな」
　気の進まない声で家を出たのが二十分前のことである。白い長袖シャツにグレーのジーンズを穿いた姿で勇はコンビニの前に立ち、財布の中身を確認した。少し渋い顔付きとなって店の中に入っていった。
　迷いのない足で雑誌のコーナーに立ち寄った。目で物色して一冊を手に取る。表紙には大きな赤文字で『最新ＦＰＳ特集』とあった。
「どうかな」
　パラパラと頁を捲る手が止まる。
『今までにない斬新なシステムの登場だ。初心者の練習用に用意された殺傷力が皆無のペイント弾。ここに新たな進化を果たした。なんとペイント弾が衣服に当たると、その部分が透けて見えるというのだ！　夏限定の仕様の全てが明らかに！』
　読み終えた勇は軽く息を吐いた。全貌は袋綴じの中に隠されていた。冷めた目でそっと雑誌を棚に戻すと、探求の目を店内に広げていった。
　勇は歩きながら棚の品々を見ていく。洗顔料、整髪料と目にした。ケータイの充電器は手に取って、高いな、と言って戻した。
　店内の一角、ガラスのドアの中にペットボトルやコーヒーの缶が整然と並べられていた。前に立つだけで冷気を感じるのか。勇は若干、表情を和らげた。
　一本はすぐに決まった。ペットボトルに入ったグレープフルーツの微炭酸。追加の一本は迷いながらも最終的には手に取った。
「あとはアイスか」
　菓子類を横目にアイス類の収まった箱へと速足で向かう。
　そこには栗原瑞穂がいた。すらりとした身体は大人の女性のようでいて、その横顔には僅かに幼さが残る。可愛らしい花柄のワンピースと相俟って高校生くらいに見えた。勇の視線を気にすることなく、箱に入れた手を動かしている。
　勇はひっそりと隣に並んだ。視線を下げた先にアイスクリームの形の容器を見つけた。上部が透けていて抹茶の鮮やかな緑が目に優しい。手を伸ばすと瑞穂の手と重なった。
　勇は手を引っ込めて横目をやる。瑞穂は顔を向けて言った。
「私に抹茶を譲ってくれるのね」
「俺はバニラでもいい」
「そう、ありがとう。あなたとはアイスの趣味が合いそうだけど、ジュースの好みは違うみたいね」
　瑞穂はアイスの容器を手にしてレジへと向かった。
　勇は手に持っていた一本の缶に目をやった。全体が黒い。血のように赤い唐辛子の絵には凶悪な顔が描かれ、雷に打たれながらも不敵な笑みを作っていた。『ジョロキア・マックス』の商品名からは相当な辛さが伝わってくる。
「面白そうではあるが……」
　後悔を滲ませるような声のあと、勇はバニラのカップを引っ掴んだ。レジで支払いを済ませると早々に店を出た。
　それとなく辺りに目を向けた。急いで帰ったのか、瑞穂の姿はなかった。
　勇はビニール袋の中を覗いた。汗っかきのアイスのカップを見て、持たないか、と口にした。素早く店頭のゴミ箱の横に立ち、アイスの蓋を開けた。縁に近いほど溶けていて頼りないプラスチックのスプーンでも深々と刺し込めた。
　肘にビニール袋を下げた姿で勇はアイスを食べ始めた。時に横風を受けて風鈴の音を耳にした。
「夏だな」
　勇は星空に呟いて残り少なくなったアイスを口に運んだ。

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