【まだまだ買いたいものがある】

　紅林 柳霞と紅林 千尋のいる店を訪れた御巫 時子は、品数の多さに迷っていた。
「どれも素敵ですね……、どうしましょう」
　ビーズのストラップは涼しげだし、レジンのビーズも存在感があって素敵だと思う。
「ポーチや巾着……、変わった布を使ったものがありますね……」
　手触りが面白くて、時子は店番をしている千尋に話しかけた。
「あの、すみませんが……」
「はっ、は、はい！」
　バイトで多少は慣れたものの、千尋の顔には緊張の色が濃い。
　よく見ると手も少し震えていて、時子は気遣いをみせて、扇子で千尋をあおいだ。
「もしかして、暑いのでしょうか……。大丈夫ですか……？」
「だ、大丈夫……。めちゃくちゃ大丈夫……！」
「そう、ですか？　無理はなさらないでくださいね……。それで、この素材なんですけど……」
　不思議な肌触りの布について時子が尋ねると、別の人への接客を終えた柳霞がやって来た。
「ごめんごめん、それはね－、帆布を使っているの。こっちはラミネート生地になっているのよ」
「そうでしたか……。帆布だなんて、めずらしいですね……」
　少しだけ悩んで、時子は、ビーズのストラップと、帆布の巾着、それにランチョンマットを購入した。
「ありがとう」
「大切に使わせていただきます……」
　手を振る柳霞にお辞儀をして、時子は次の店へと向かった。

「まあ、とてもおいしそうです……！」
　いくつも店を回って、時子が最後に足を止めたのは、桐生 計都の店だった。
　ジェルキャンドルもきれいだが、フェイクスイーツのストラップのリアルな造形に目を見張る。
「カラフルでかわいらしいのに、おいしそうだなんてすごいですね……」
「マカロンはいろんな色が楽しめますよね。女性や子どもに人気なんですよ」
「そうですね、……あっ、鳥さんもおいしそうだって言ってます……」
　時子の肩にとまった小鳥に目を向けて、計都は微笑んだ。
「それは嬉しいですね、甘くなくて申し訳ないくらいです」
「この、桜色と、うぐいす色のお菓子のストラップをください……」
「はい。ありがとうございます。鳥さんが食べないように、気をつけてあげてくださいね」
「そうですね、きちんと注意をしておくようにします……」
　ストラップを買いながら、寮に戻ったらヨタカさんが何て言うだろうと考え、時子は微笑んだ。
　おいしそうだと騒ぐ小鳥にも、お礼を言う。
「今日は一緒に回ってくれて、ありがとうございます……。でも、これは本当に食べられないんですよ……」





　時子が立ち去ったあとの計都の店に、冴木 竜司が現れた。
「いらっしゃいませ」
「おっ、このシルバーアクセサリー手作り？」
「ええ、そうですよ。けっこうこういうの、よく作るんです」
「へー！　すごいな、センスあるじゃん。これちょうだい」
　迷うことなく決断した竜司に、計都はふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
　やはり、自分の作った物を誰かが気に入ってくれるというのは、嬉しいものだ。
　こんなふうに直接顔を合わせてやりとりをすることには未だ慣れないけれど、出店して良かったなと、計都は思った。

　シルバーのペンダントを手に入れた竜司は、ふと、担任の相原 まゆへのお土産を買おうと思い立った。
「けど、何を買おうか。……指輪は前に断られてるしなー」
　どうせなら、受け取ってもらえて、かつ、まゆ先生をいっそう輝かせるような品がいい。
「まゆ先生は、大人の上品さを持ちながら、可憐さも失わない、素晴らしい人だからな」
　真面目な顔でプレゼントを探す竜司の目が、ぴたりととまった。
「むむっ！？」
　満月の店に飾られた、ビーズのアクセサリーに、竜司の心がとらわれた。
「……そういえば」
　胸をよぎる思い出は、懐かしい初恋の一幕だ。
　今となっては妹のような存在と化した少女に、竜司はビーズのアクセサリーをプレゼントしたことがある。
「思えば、初めて女の子にプレゼントしたんだったよな。……よし」
　初心にかえって、こんなプレゼントもいいかもしれない。
　そう考えた竜司は、しばらくの間口をつぐんで、どの品にしようかと真剣に選んだ。
「……これを、別々に」
　満月に別包装で頼んだのは、ビーズのアクセサリーが２点。
　ひとつはまゆ先生に似合うもの、もうひとつは、初恋の娘に渡すお土産だ。
　渡された人々がどういった顔をするのかはまだわからないが、プレゼントにはぎゅっと気持ちが込められていた。





「わぁっ、見て見て、マイマイ！　こっちだよ～！」
「待ってよ、急に走らないでよー」
　興味を抱いたほうへ一直線に進む桃原 空音を追いかけて、河原 舞が向かったのは、遠矢 護の店だった。
「いらっしゃいませ……！」
「ほら、ね！　クマさんたち、すっごくすっごーく、かわいいの！」
　ぎゅっと拳を握りしめて主張する空音に、護は照れくさそうに眉を下げた。
「ついでに、お店の人もかわいいよっ！　触り心地がよさそうだよね、うひひっ！」
　はにかむ護を目の端にとめた空音が、両手の指をうずうずとさせて、へらりと笑った。
「え……っ」
　思わず護が一歩後ずさったところに、ようやく舞が追いつき、大小様々なテディベアを眺める。
「おお……、クマのぬいぐるみかぁ……、確かにかわいいねー」
「いろんな種類のクマさんがいるよ！　あっ、こっちのは本を持ってる。見てるだけでも楽しーねっ」
「うん、模様だけじゃなくて、表情もいろいろだね……。ほら、これなんか、空音ちゃんに似てない？」
　舞は、にかっと口を開けて笑っているテディベアを手にとって、空音に見せた。
「この、なんというか……、子どもっぽい感じが……ねぇ」
「子どもっぽいって何ー！？」
　ぷっとふくらんだ空音の頬を、舞がつつく。
「うん、やっぱり似てるー」
「もーっ。それをいうなら、こっちのクマさんだってマイマイに似てるんだからねっ」
　つんと頬を染めておすまししているテディベアを、空音が舞に押しつけた。
「ほら！　ツンデレっぽいところが似てるでしょ！」
「えぇ！？　あたし、ツンデレじゃないし！　絶対違うから！」
「似てるってばー」
「似てないよ！　そんなに言うなら、このクマとあたしがどれだけ似てないか、証明するから見ていなさい！！」
　舞は毅然と言い放ち、ツンデレクマさんを購入した。
「わーい、あたしもクマさん買おーっと！　くださいなっ」
　空音も、舞が選んだお子様クマさんを購入して、笑顔になった。
「ありがとうございました……！」
「いえいえー」
　買ったばかりのテディベアを眺めて、小声で舞がつぶやいた。
「……あたしね、今まで他の人と出かけたことなかったから、今日は楽しかったよー」
　わあ、ツンデレ！　という言葉を飲み込んで、空音は写真を撮ろうと提案した。
「じゃ、さ、記念に一枚撮っていこーよ。そんでまた、一緒にあそぼっ」
「うん……、いいね！」
「僕、シャッター押しましょうか？」
「いいの？　ありがと！」
　おそろいのクマさんをかざした舞と空音にカメラを向けて、護が合図をする。
「いいですか？　撮りますね」
「はーい！　チーズ！」
　にかっと笑う空音の隣で、舞もぎこちないながらも笑顔を浮かべていた。
　そんな二人に、通路の反対側から声がかかる。
「写真を撮るなら、いい場所があるのだ～っ！　真央ちゃんもシャッター押しちゃうのだ！」
　後木 真央が、自分の店の越中褌をばんばんアピールして、手招いている。
「……え。あたしたち、あの前で写真撮るの……？」
　褌を締めた、二足歩行の猫が描かれた越中褌は、真央の店の看板ともいえる商品だ。
「うわー、真央ちゃん、その褌、存在感あるねーっ」
「こっちに来て並ぶのだ！　思い出になるのだーっ！」
　さきほどよりいっそうぎこちない顔になった舞と、変わらぬ笑顔の空音に向けて、真央がはりきってシャッターをきった。
「はい、チーズ！　なのだっ！」