朝顔の咲くころ｜リアクション

朝顔の咲くころ

◇島野家の朝

　島野夏帆が住む島野家。
　隠し扉やら秘密の抜け道、その他思わぬ仕掛けがあることを除けば、ごく一般的な日本の木造住宅だ。
　その玄関先で夏帆と取っ組みあっている人物がいる。
　二人のことを知らなければ、「表へでろ」的なことをいったのかと誤解しそうな剣幕だ。
　取っ組み合いの相手は内藤武諭。
　夏帆と同学年の体育科で、特技は剣道。
　これは朝の鍛錬と称しての実技訓練であって、べつに喧嘩ではない。
「鍛錬にはもってこいの朝ね！　負ける気がしないもの」
　竹刀を持ち出すわけにはいかず、武諭は素手なのだが、
　対する夏帆の手にはシリコン製のクナイが握られている。
　平然と武器を持つ理由を「だって使い方練習したかったし」と言ってのける、これぞ忍者魂である。
「く、これしきのことで……！」
　身長差は武諭のほうが高く、力も武諭のほうが上だ。
　正面から打ち合えば分があるのだが、それを知っている夏帆は拳を次々といなしていく。
「だが、これならどうだ！」
　ちょこまか動きまわるなら、押さえて動きを封じてしまえばいい。
　武諭が夏帆を押さえつけ、マウントポジションをとろうとする。
「このっ……夏帆ちゃんをなめるなー！」
　カウントをとろうとした武諭の目の前で、夏帆の両手がパチンとあわさる。
　思わず目をつぶった武諭の足を、夏帆の水面蹴りがはらった。
　体勢を整えようとしたところに上からかぶさり、首元に苦無を突きつける。
　勝負あり、だ。
「いつものことながら、汚いな……」
「油断するからよ！　勝負は最後までわからない、っていうじゃない」
　勝ち誇った夏帆の勝利宣言が響いた。

「ふはー、ただいま！　めっちゃ汗かいた！」
　Ｔシャツにぱたぱた空気を送り込みながら、夏帆が自宅の廊下を大またで歩く。
　その後ろ、武諭もまた慣れた様子で靴を脱いであがってきた。
「お邪魔するぞー」
　幼なじみの武諭に言わせれば、ここは勝手知ったる他人の家。
　夏帆がシャワーを浴びにいった隙に、冷蔵庫をあける。
「む……麦茶があるな。頂くとしよう」
　コップを一つだけ出し、コップの縁まで注いで一気にあおる。
　ゴクリ、と喉に音を立てて飲み干せば、感じていた暑さがいくらかやわらいだ。
　向こうのほうでステンレス製のドアの閉まる音がする。
　夏帆があがったらしい。
　もう一つコップを出し、タオルを首にかけた夏帆に麦茶を差し出す。
「麦茶をおごってやろう」
「あーありがとう……って馬鹿か。ここは私ん家だ」
　武諭の手元からコップをかっさらい、一気に飲み干す。

　しばらくだらだらと過ごした後で、武諭が切り出した。
「そういえば、庭の畑はこれから何を植えるんだ？」
　夏帆がお茶の二杯目をあおりながら、気だるげに答える。
「おー、じーさまが張り切っててさ。キャベツとニンジン植えるんだって」
　夏帆の祖父はいま外で、畑を耕している。
「今年の夏は何が採れたんだ？」
「あ、ナスとキュウリ採れたわ。こんなぶっといの」
「……でかいな」
　畑にできる野菜は市販のものより、形も大きさも不揃いなことが多い。
　夏帆が手ぶりで示した大きさは、とても食べがいがありそうだった。

　汗もひいたところで、武諭がそろそろ部活の時間だという。
「うむ、おかげでいいウォーミングアップになったぞ」
「はーい。またおいでねー」
　出かけていく武諭にむかって、ひらひらと手をふる。
「部活かぁ。青春してるなぁ……」
　ちょっぴり黄昏れていると、後ろの畑から声が聞こえた。
「おーい、夏帆ー」
　祖父の声だ。そういえば今日は、畑の手伝いをしろと言われていた。
「あー……どうしよ。またじーさまにどやされる」
　夏帆は軽く頭をかかえながら、裏庭へと入っていった。