朝顔の咲くころ｜リアクション

朝顔の咲くころ

◇少女とバイクと大型犬と

　犬のリードが左右にふれる。
　赤信号の前で止まった犬の頭を、飼い主の金剛優芽が優しくなでた。
「メルー、おりこうさんですねー」
　優芽はシーサイドタウンの自宅を出て、愛犬を散歩に連れだしていた。
　犬の名前はメル。りっぱな毛並みのゴールデンレトリバーだ。
　メルが優芽の家族になってから、もう３年近く経つ。
　迎えたころは子犬だったのに、いまや体の大きさでは優芽をこえている。
　夏休み中の散歩は優芽が担当することになっているのだが、
　成犬になったメルの力は強く、時々優芽が引っぱられてしまうこともある。

　メルとの散歩コースは、ふだんの通学路とはちがう道を通っている。
「朝は人通りが少ないんですねー」
　通勤時刻には車の行き交っている道が、いまはただ静まり返っている。
　こうやって閑散とした道を歩いていると、全然知らない道を歩いているように思えるから不思議だ。
　向こう側から人が走ってくるのが見えた。
　ランニングをしているようだ。
「皆さんも早起きしてるんですねー」
　早起き仲間がいるとわかると、ちょっぴり嬉しい気持ちになった。

　同時刻、シーサイドタウンの大きな車道。
　霧桐舞衣がバイクにまたがり、朝のドライブを満喫していた。
「風が気持ちいいッスねー！」
　スポーツウェアというラフな格好で街へくり出した舞衣は、
　大胆にセンターを横切りＳ字を描いていく。
　朝といえば私の時間。
　日中こそ蒸し暑いが、晴れる日の朝は湿度も低くてすごしやすい。
　髪が湿気で爆発することもないし、早起きすればいい事づくしだ。
　――そして何よりも。
「道路がガラ空きなのが最高ッス！」
　当人に言わせればこれは軽い散歩なのだそうだが、その散歩についてこれず速度メーターの針は真上のあたりを行き来している。
　岬をこえてシーサイドタウンの近くにさしかかった時、
　はるか前方に少女と犬――優芽とメルが歩いているのが見えた。
「おっと！　犬の散歩中ッスかね？」
　早めにブレーキを踏んで速度を落とし、バイクを止めてあいさつをする。
「おはよーッス！　いい天気ッスね。散歩ッスか？」
　舞衣のバイクが珍しいのか、ゴールデンレトリバーのメルがしっぽをふって近寄ってきた。
　優芽もリードを離すまいと、引きずられながら舞衣の方へやってくる。
「おはよーございます！」
　優芽がちょこんとお辞儀するのにあわせ、メルがワワン、と明るいトーンでほえた。
「へえ、このワンちゃん、バイク怖がらないんスね」
　先ほどからメルはバイクのまわりをぐるぐるまわって匂いを確かめている。
「メルっていうんです。珍しいものを見つけるとすぐ走っていっちゃって……」
　そう喋っている今がまさにそうで、メルのあとにしたがって優芽もバイクのまわりを回っている。
　バイクの排気口の臭いを嗅いでしまったらしく、メルは臭いを追い出すようにふんっと鼻息をはいた。
　あっははは、と笑い声が響く。
「面白い子ッスね。気に入ったッス！」
　しばらくバイクを押し歩きながら、世間話をかわす。
　舞衣が切り出すバイクの話を優芽はうなずきながら聞き、
　優芽の語るメルの幼いころの話にマジっスか！　と舞衣が食い下がる。
「それじゃあ、私たちの散歩コース、こっちなので！　またお会いしましょう！」
　そういって歩いていく優芽を、舞衣は手を振って見送った。

「さて、もっぺん飛ばすッスかね！」
　アクセルをガッと踏み込み、誰もいない道の真ん中を突っきる。
　海岸近くまで出た時、寝子ヶ浜で踊りを踊っている誰かの姿が見えた。
　帰ったら手早くシャワーを浴びて、いつものように雇い主を起こそう。
　それが終われば、待ち遠しい朝ごはんの時間だ。