朝顔の咲くころ｜リアクション

朝顔の咲くころ

◇音楽職人とごはんの達人

　トーマス・ジャスティンは朝の訪れとともに目をさました。
「朝！　朝だ！」
　カーテンを開いて部屋の窓を全開にし、朝の空気をゆっくりと吸い込む。
　自分を励ますように、ゲンコツで胸板を軽く叩く。
「天気も晴れて体も動くし、いい気分！　さあ、一日がはじまるぞー！」
　洗面所へ移動し洗顔と歯みがきをすませる。
「さーて、朝ごはんは何にしようか」
　トーマスは身近にいると非常にありがたい、いわゆるオカンタイプの人間だ。
　忙しくても三度の飯は欠かさず、今ある食材からお献立を考えるのにも慣れている。
　冷蔵庫に残っているおかずを見て、朝ごはんのメニューを決めていく。
「そうだ、弁当も用意しないとな。お米足りるかな？」
　確かめてみたが、炊飯器の中のお米はきっちり二人分。
　いまから水に浸しても間に合いそうにない。
「うん、それじゃパンは響ちゃんに回そう」
　パンとお米では当然のことながら、腹持ちもあわせる料理もぜんぜん違う。
　二択を迫られたら、迷わずお米をとるのがトーマスだった。

　やや遅れて、もうひとつの寝室にスマホのアラームが鳴り響く。
　めざまし音の発生源を探って、響ちゃん――篠崎響也の手がアラームを解除した。
　５分後に鳴っためざまし時計も、同じようにして解除。
　結局はルームシェア中の同居人、トーマスの一声で起きることとなる。
「響ちゃん、朝だよ！　起きる時間だよ！」
　フライパンの背をフライ返しでカンカンと鳴らし、響也の部屋へ入ってきた。
「眠い……」
　寝子島の音楽祭「ネコフェス」が近いこともあり、響也は昨夜も遅くまでヴァイオリンの練習に熱中していた。
　慢性的な寝不足ライフで朝がつらい。
「……顔、洗ってくる」
　フライパンの音に追い出されるように布団からはい出し、ふらつきながら洗面台へと向かった。

　リビングに戻ると、トーマスが朝ごはんを準備していた。
「……さすがだな」
　響也用にはパンとオムレツの洋風朝ごはん、自分用には白いごはんと納豆。
　二人分のお味噌汁のうち、トーマスの分には卵を落としてある。
　ゆうべの残り物は、火を入れなおしてお弁当のおかずへと見事な変身をとげていた。
　栄養バランスもほぼ完璧な朝の食卓に、響也は苦笑する。
　ここまで準備してもらって本当にありがたいのだが、眠気がまだ残っているせいか、食欲はいまいちだった。
「ほら響ちゃん、自分のパン焼いて。朝ごはん食べないと一日乗り切れないよ！」
「はーい……」
　トースターに食パンをいれ、焼けるのを待つ。
　漂いはじめた香りに、響也のお腹が軽く音をたてた。
　トーマスに促されるようにして座り、両手をあわせる。
「おっし、いただきます！」
「……いただきます」
　パンをゆっくり頬張っていると、体が目をさましてきたのか、少しずつ食欲が戻ってきた。

　響也とトーマスは遠縁のいとこにあたる。
　さまざまな理由でルームシェアをはじめたのだが、
　これがワンランク上のアパートに住めたりといい事づくめだった。
「今日はネコフェスの打ち合わせがあるんだ。音楽会館に行かないとな」
　そろえた箸でごはんを口に運び、わかってるよという風にトーマスがうなずく。
「もうすぐだね。しっかり食べて頑張っておいで」
　お弁当も用意してるからと伝えると、
　響也はサンキュ、と短く返した。

「今日も頑張ってくる」
　響也が出かけていくのを見送り、トーマスは広くなったリビングで一息ついた。
　外からは、アパートの他の住人たちが出かける音が聞こえてくる。
　いつも通りの光景だ。
「今日も平和な一日になりそうだな」
　カーテンを開け放った窓の外では、海鳥が列をなして飛んでいた。