朝顔の咲くころ｜リアクション

朝顔の咲くころ

◇犬のきもち、猫のきもち

　恵御納夏朝が公園に向かってみると、ラジオ体操をしに人が集まっていた。
　シーサイドタウンの公園は、学校に近いこともあり子どもたちで賑わっている。
　その中でもひときわはしゃいでいるグループの中心に、金剛優芽と愛犬のメルがいた。

　ゴールデンレトリバーのメルは、すっかり子どもたちの人気者になっていた。
「こいつすげー！　でっけー！」
　時折やんちゃな子が、ゴールデンレトリバーのメルにちょっかいを出す。
「メルー、じっとしててくださいねー……？」
　金剛優芽は不安そうに見守っているが、当のメルは気にしていない。
　むしろ構ってもらえて嬉しいらしく、しっぽが大きく左右に振れていた。

　優芽が夏朝に気づき、ぺこりと頭を下げてあいさつをする。
「おはようございます！　気持ちいい天気ですね♪」
「……おはよう」
　夏朝も小さくおじぎを返す。優芽の隣でおすわりをしている犬が気になった。
「その子は……？」
「メルって名前なんです」
　ほうぼうからもみくちゃにされるメルのリードを、優芽の手がしっかりと握る。
「公園のそばを通りかかったら、すっかり人気者になっちゃって」
　人懐っこいこともあり、なしくずし的にラジオ体操の輪へと引きずり込まれたらしい。
　体の大きな犬に最初は心配していた保護者も、
　いまでは「うちの子がすみません」と恐縮気味に声をかけるあり様だった。
　そうこうしているうちにラジオのスイッチが入れられ、アナウンスと音楽が流れだす。
「あ……体操、はじまったね」
「いよいよですね！　一緒にやりましょう！」
　子どもたちの声にまじって、興奮気味のメルの鳴き声が響きわたった。

　メルに引きずられて優芽が公園を後にする。
「またお会いしましょうねー！」
　人のまばらになった公園で、夏朝はそっと本をひろげた。
　宿題は残すところあと僅かだが、時間のかかる難敵・読書感想文が残っていた。
（かわいい表紙に惹かれて買っちゃった……）
　夏朝が選んだ本の表紙には、やわらかな水彩タッチの子猫の絵とともに「夏の朝、子猫の散歩日和」と表題が書かれている。
　ほとんど表紙買いに近かったが、中身を読むに、どうやら小説らしい。
（……これなら書けそうだね。じっくり読もう）
　しずかにページをめくり、夏朝は本の中の世界に意識をかたむけていく。
　しばらく読書に集中していた夏朝は、足元に何かもさもさしたものがこすれるのを感じて本を読む手を止めた。
「ね、猫さん！　かわいい……！」
　口数の少ない夏朝が、思わず感嘆の声をあげる。
　撫でようと手を差し伸べてみると、猫ははじめこそビクッと身を引いたが、
　安全だと感じとったのか手のひらに顔をこすりつけてくる。
　ひげの感触がくすぐったくて、つい身をよじる。

「……公園が静かになるの、待ってた、のかな」
　猫たちは寂しさを感じても、それほど強くは主張しない。
　構ってほしい時は、こうやっていつもタイミングを伺っている。
　自分の好き勝手に動いてるように見えて、本当は距離感に敏感なのかもしれない。
「……僕のそばでは、安心していいよ」
　その言葉を聞きながら、夏朝のひざの上でちいさな黒猫が丸まった。

　のちに彼女の提出した読書感想文には、こんな一節が書かれていたという。
『夏の朝、猫や人の日常を書いたこの本の情景は
　平穏で幸せな……寝子島に似ているかもしれません』

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