ご先祖様、奮闘す。｜リアクション

ご先祖様、奮闘す。

　その日の晩は頭がぼーっとしてしまい、恵御納夏朝はいつもより早めに床についていた。
　しかし思い出せるのはそこまでで、気づけは不思議な空間で正座中。
　目の前には仁王立ちした色違いの自分がいた。背丈も同じ。違うのは鮮やかな金髪碧眼と夏朝よりも白い肌。
（誰なんだろうなぁ……）
　色違いの彼女はひたすらしゃべり続けている。説教と言うよりはお小言か。
　あれこれと夏朝の駄目なところを挙げ連ねているが、要約すれば『気紛れにあっちこっちふらふらしすぎ』というだけだ。
（そんなにふらふらしてたかなぁ？）
　夏朝の戸惑いに気づかず、夏朝そっくりの少女はドレスの裾を翻す大仰な手振りで説教を続けている。
　この説教も最初はドイツ語だったような気もするが、状況把握できていない夏朝を見かねてか日本語に切り替わっていた。
「いつまでもふわふわしていると後々苦労をするのだ。それにだな――」
　彼女の言葉の節々には夏朝を案じる気遣いがある。もっともその説教を夏朝がきちんと聞いているかどうかは別として。
　まだ眠気があるのか、夏朝はこくりこくりと舟を漕いでいる。
「聞いているのか、子孫！　わざわざ説教しに来てやったのに何事だ！」
　耳元で大声を出されれば、さすがに夏朝も目が覚める。
「子孫？　……お説教？」
　部分部分を反芻し、夏朝はまじまじと目の前の少女を見た。
（んー……僕のご先祖様、なのかなぁ）
　ここまでそっくりの上、子孫と呼ばれてしまえば認めるしかないだろう。何せ寝子島は不思議なことだらけなのだから。
「お母さんのご先祖様……欧州の人？」
「その通り。君の母と同じドイツ人だ」
　金髪碧眼の色を見て訊ねる夏朝に先祖は鷹揚に頷いた。
「ああ、それとな。君は猫にかまけすぎだ」
「猫と見たら可愛いと……」
「かまけすぎだ」
　どの猫も可愛いのに、と夏朝は思う。
　日本の猫も可愛いが欧州の猫も可愛い。愛らしい仕種は万国共通だ。
（あ、でも欧州で数世代前なら魔女狩りとかが……猫さんが……猫さんが……）
　無表情のまま雰囲気が落ち込み始めた夏朝に先祖は慌てた。
「い、いや猫を嫌いになれとは言ってないぞ？　夢中になりすぎるのを控えろと言っているだけだ。それに中学の頃に色々あったらしいが……」
「待って！　それ中学何年の時！？」
　予想外の食い付きに先祖はたじろぐ。
「僕もそこまで詳しくは知らないけど、中一から中二の初めくらいじゃなかったか？」
　君だけを見守っていたわけではないからな、と先祖はすまなそうに言う。しかし夏朝は首を横に振る。
「ありがとうご先祖様、思い出せなくて悩んでたんだ！　起きたら急いでメモしないと……！」
「お、おう？　悩み解決して何よりだな？」
「はい！」
　子孫の元気のよい返答に、先祖は安心したのか小さく笑った。
　その笑みに、夏朝の意識がふっと遠くなる――。

　――空が白んできた時間に夏朝は目覚めた。
　勢いよくタオルケットを跳ね除け、机に置いてあるメモ帳へ先ほどの夢の中の出来事を書き始める。すべてを書き終えた夏朝は、大切なことを教えてくれた先祖のことを考える。
「ご先祖様の姿を絵に描かなきゃ」
　あの夢の出来事を忘れたくはないから。覚えているために描きたいと、そう思った。

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