ご先祖様、奮闘す。｜リアクション

ご先祖様、奮闘す。

　蘇芳のろうけつ染めの訪問着を纏う娘は、その艶やかな唇に赤い紅を乗せている。
　薄化粧を施しただけでも自分の顔はこんなにも大人びた艶やかなものなるのかと、御巫時子は少なからず衝撃を受け目を見張った。
「あなたと言葉を交わすのは初めてですわね。わたくしはあなたの先祖です。信じてもらえますか？」
　少し困ったように笑む娘の言葉に偽りはないだろう。
「初めまして、御巫時子と申します……」
　頷いた時子は丁寧にお辞儀をする。
　子孫に信じてもらえた先祖はほっとした。そしてこの不思議な空間に来た目的を思い出す。
「時子さん、もっと恋愛してみてはどうかしら」
「してると思うんですけど……好きな人もいますし……」
　時子が思い浮かべるのは寝子高教員の五十嵐尚輝。彼を好きだと意識する度に頬が赤くなる。
「もっと積極的にならないと。許婚がいるのなら自由な時間は少ないですよ」
「親から決められた許婚はいませんけど、時々お見合い写真は送られてきますね」
　時子が望まぬ縁談を推されていると思ったのか、先祖は目に見えてオロオロし始める。時子は慌てて訂正した。
「もちろん丁寧にお断りしてますよ。両親の心配も分かるのですが、やはり結婚はまだ早いと思うんです。ご先祖様もそう思いますよね？」
「ええ、十五で結婚は早すぎます！」
　憤る先祖には親が決めた許婚がおり今の時子と同じ歳で結婚したと言う。それを知った時子は驚いた。昔は早婚だと知っていたが、当人の口から聞けばそれでも驚いてしまう。
　もっと恋愛をしたかったのだろうか？　そう心配そうな時子に先祖は微苦笑を浮かべ否定した。
「理想と現実は違いましたが、それでもわたくしは幸せでした」
「お相手の方は良い方だったんですね？」
　先祖は頬を赤く染め、恥じらいながらも頷いた。
「私を大切にしてくださる素晴らしい殿方ですわ。すぐに一姫二太郎と子宝にも恵まれて、どの子も健やかに育ってくれました」
　しかし先祖の顔が曇る。
「……私はすぐに妻から母へとなりました。恋人である期間がほとんどなかったのです」
「あの……、私でよければお話をお聞きしますけど……」
　時子の申し出に先祖はぱあっと顔を輝かせた。ずっと誰かに聞いて欲しかったらしい。
「そ、そう？　それなら、お言葉に甘えて。実はね――」

　――迂闊なことを言ってしまった。

　そう時子が後悔するのは五分とかからなかった。
　何せ先祖の話は旦那様絡みがほとんど。愛しい夫に「態度を言葉や行動にして欲しい」という可愛らしい不満は十分惚気だ。
「――ああ、すっきりしました。こんなこと誰にも話せなかったものでしたから」
　話し続けることしばし。長年の胸のつかえが取れた先祖は時子に頭を下げる。
「お話を聞いてくれてありがとう」
「いいえ、私もご先祖様とお話ができてとても楽しかったです」
　精霊馬から変化させた雄牛に座り、先祖は満足そうにあの世へと帰っていく。
　昔は色々と苦労することもあったようだが、大切な伴侶を得た先祖は幸せそうに見えた。
　それもそのはず。先祖は子宝にも子孫にも恵まれ、とても幸せなのだから。