ちいさなはつこい｜リアクション

ちいさなはつこい

　寝子島シーサイドタウン駅に到着した一行は涼しい日陰へと避難していた。
　別行動をしている修からメールを貰ったねむるは、『しばらく時間を潰してから大観覧車前に集合』と向こうからの連絡内容を全員に伝えておく。時間ができて一番ほっとしているのは嘉穂かもしれない。
　もじもじと落ち着かない嘉穂の隣に実が立つ。
「怖いか？」
「……うん。でも、うさぎのおじちゃん、だいじょうぶだよ」
　宇佐美という姓は嘉穂に覚えづらかったらしい。すっかり『うさぎのおじちゃん』と覚えられてしまっていた。そんな嘉穂に実は続ける。
「おっさんには嘉穂ちゃんと同じくらいの大事な子が居てな……」
　――あの子の背丈はどれくらいだっただろうか。嘉穂と同じくらいだっただろうか。思い出そうとするだけで、実の胸に痛みが走る。
「今は一緒には居られないけど……傍に居なくても、その子がどこかで笑顔で居てくれると思うだけで、おっさんは嬉しい。それはきっと、お兄ちゃんも一緒のはずだ」
　大切な人には笑っていてほしい。悲しんで泣いてほしくなどはない。
「きちんと謝って、それから笑ってあげよう。それだけで安心するからな」
「うん」
　それを見たみゆきの胸の中に、すとんと答えが落ちてきた。実がしていた顔は文貴がする顔と同じ。あれは『父親』の顔だと。
　どきどきと胸を押さえる嘉穂に、ねむるはそっとアドバイスをする。
「僕もね、実は好きだった人がいたんだ。七夕のお祭りの日に気持ちを伝えたけど見事に振られちゃった」
　それを聞いて尻込みする嘉穂。ねむるは微苦笑を浮かべ「まだ続きがあるよ」と嘉穂の頭を撫でる。
「でも今でもその子とは仲良しで――僕は後悔してないんだ」
「どうして？」
「……うーん、ちょっと難しいかもしれないけどね。僕の『好き』とあの子の『好き』は少し違ったんだよ」
「ちがうすきでも、なかよしでいられる？」
「もちろん」
　ぱあっと嘉穂の顔が明るくなる。幼い嘉穂には『好き』の違いはわからないだろうが、それでいいとねむるは思う。
「それじゃあ、アイス食べてから家電量販店に行くか。嘉穂に良い物見せてやりたい」
　藤寿の提案に嘉穂は不思議そうに首を傾げる。
「離れ離れで文通と電話だけってのも寂しいだろう？　最近はな、ニャカイプって便利な物があるんだよ。それがあれば、世界のどこにいてもお兄ちゃんの顔を見て喋れるんだ」
「ほんと！？」
　嘉穂の食いつきに圭花は笑う。
「アイスを食べる前に、ニャカイプに必要な物を見に行きましょうか」
「うん！」
「ふふ、素敵な笑顔ね。泣いてるよりも絶対いいわ。――ね、約束して。明日も、ちゃんと笑えるわね？」
　その圭花の問いに嘉穂ははっきりと頷いた。

■　　□　　■

　――そして、大観覧車前。
　やや落ちた太陽の光を浴びた純二の姿を見、嘉穂は一瞬足を止めたがそれでも勇気を振り絞って歩き出す。
「おにいちゃん……」
　おずおずと嘉穂がスマートフォンを純二に差し出す。
「お、おにいちゃんのだいじなもの、を……、だ、だ、だまってもっていって、ごめんなさい」
　つっかえつっかえながら、嘉穂は純二へ大きく頭を下げて謝った。純二はスマートフォンを受け取ると、そのまましゃがんで嘉穂の頭を撫でる。
「これを黙って持って行ったことは許すよ。嘉穂ちゃんは、ごめんなさいができる良い子だ。……だけどね、嘉穂ちゃんはもうひとつ反省しなきゃいけないことがあるんだ」
　言われ、嘉穂は面食らう。黙って純二の私物を持ち出したこと以外に、まだ何かいけないことをしてしまったのだろうか。
　見る間に不安な顔になる嘉穂の肩に、実はそっと優しく手を置いた。
「嘉穂ちゃん、お婆ちゃんのお家を出た時のことを思い出してみよう。出かけることをお家の人に教えたか？」
　はっとして嘉穂は純二を見た。
「心配したんだよ、嘉穂ちゃん」
「――おに゛いぢゃ、ごめ、ごめんなざい……っ！」
　わあわあと泣き出した嘉穂の背を、みゆきはとんとんと優しく叩く。
「次からはお婆ちゃんやお母さんにどこへ行くのか教えてあげようね」
　こくこくと嘉穂は頷く。
「今の時間帯なら大観覧車は空いているから、そこで嘉穂ちゃんはお兄さんとお話しようか」
　自分で涙を拭うと、嘉穂はみゆき達を見上げた。そこにもう不安の色はない。
「きちんと気持ちを伝えれば大丈夫。思いは伝わるよ……さ、行ってらっしゃい。嘉穂ちゃん」
　ねむるの言葉に背中を押され、嘉穂は純二の手を繋ぐと大観覧車へと駆けて行った。

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ちいさなはつこい

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