ちいさなはつこい｜リアクション

ちいさなはつこい

エピローグ

　翌日、寝子島駅のホームで嘉穂は一生懸命に手を振っていた。彼女の手には純二からのプレゼントである可愛らしいビーズのブレスレットが輝いてる。
　ねこでんに乗る純二の手には、先ほど真央から貰ったポラロイドカメラの写真がある。彼は大切そうにその写真を抱きしめていた。
　ねこでんの水色が遠ざかり、完全に見えなくなってから嘉穂は手を止める。
「かほ、イイコにできた？　おにいちゃん、かほがわらってたから、しんぱいしてない？」
「素敵な笑顔だったわ。約束を守ったのね」
　圭花は嘉穂をぎゅっと抱きしめる。よく出来ましたと、褒めるように。
「上出来だ。よくやった、大したもんだ」
　言って文貴は嘉穂の頭を優しく撫でた。
　大騒ぎの面々を、修は少し離れたベンチで眺めていた。そんな彼にねむるは問いかける。
「軍師サマは、どうしてここまで協力してくれたんだい？」
「人格形成に大事な時期だからだよ。恋愛だと錯覚される愛着なんだけど、そこから社会性を学び自信をつける時期が発達心理学的に言う五歳だ。――エンドルフィンの欠乏と不幸感で歪めたくなかったのさ」
　難解な用語をすらすらと交える修にねむるは笑みを向けた。
「つまり、嘉穂ちゃんに幸せでいてほしいってことか」
　虚を突かれた修は大きく目を見開いて――降参とばかりに両手を上げた。
「日暮の言う通り、それが動機だったのかもしれないな。――うん。あの子には幸せでいて欲しいよ」
　二人の視線の先、嘉穂がくるくるとみゆきと飛鳥の周りを回っている。
「嘉穂ちゃんは賑やかなのが好きなんだね」
「お婆ちゃんのお家に行ったらお兄さんにたくさんお手紙書こう？」
「うん、あとえもかく！　かほ、ふみっきおじちゃんにおしえてもらったの。かほのとくいなことで、おにいちゃんにプレゼントするのがいいんだって」
「素敵な考えですね、嘉穂さん」
　みゆきと時子の手に飛びつく嘉穂は、藤寿に頭を撫でられ嬉しそうに笑う。
　それはどこか無理をしている笑みではあったが、今は無理もない。嘉穂もそのうち自然に笑えるようになるだろう。

　――もしも。
　もしも、あの子が今も実の傍で笑ってくれていたのなら――。

　しかしそれは二度と叶わない願いだった。
　引きずり出されるように思い出すのはモノクロの世界。あの子の最期。すすり泣きが響く部屋の中央、実は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「それでも、傍に居たいと願う……心ってのは厄介だな……」
　実の呟きは誰にも届くことはない。
　泣き笑いの顔でみゆきと手を繋ぎ、祖母の家へ向かう嘉穂の姿をもう一度見ると、実はそのまま振り返ることなく歩き出す。
「――さぁて、今日の寝床でも探しに行くかねぇ」

このページにイラストを設定する