ちいさなはつこい｜リアクション

ちいさなはつこい

二章　嘉穂のお願い

「ほ、本当に任せていいのかい？」
　ねこったー頼みをした朝山は、集まった人達を見て申し訳なさそうな顔で言う。朝山一人だけではどうにもならなかったのは事実だが、それでも誰かに任せきりにしてしまうのは心苦しい。
　白いベンチで皆の荷物番をしていたみゆきと実は笑みを浮かべて頷いた。
「任せてもらって大丈夫ですよ。私達、嘉穂ちゃんの力になりたくてここに集まったんですから」
「あの年頃の女の子の扱いはちゃあんとわかってるよ」
　子供慣れした二人の言葉に朝山は安心したらしい。駅舎の隅の広場で遊んでいる子供達を見る。
　先ほどまで泣いていた嘉穂だが、それは一転していた。嘉穂はねむるが持ってきた水鉄砲に夢中で、ねむるＶＳ藤寿＆嘉穂というチーム分けで仲良く遊んでいる。真夏の水鉄砲での銃撃戦は、すっかり中年となってしまった朝山にも涼しげで楽しそうに見えた。
「いただきなのだっ！」
　真央は楽しそうにシャッターチャンスを狙い、ベストショットが撮れたのか会心の笑顔を浮かべた。
「そーれ！　もう一回当てちゃえー！」
　歓声を上げているのは先ほど星ヶ丘駅で降りた晴海飛鳥だ。飛鳥もねこったーを見ていたらしい。
　楽しそうな周りの人達を見て、いつしか嘉穂の顔には笑顔が戻っていた。
　ハラハラドキドキと水鉄砲の銃撃戦を窺う朝山に圭花は苦笑交じりに言う。彼女が指すのはタクシー乗り場に並んだ女性客。
「嘉穂ちゃんは私達に任せて、運転手さんは仕事に戻ってください。お客さんが待っていますよ」
「あっ」
　言われ、朝山は慌ててタクシー乗り場に走って行った。そのままの勢いでぺこぺこと客に頭を下げる。運よく客は待たされたことを怒っていなかった。
「君達、ありがとう！」
　慌しく客を乗せて走り出すタクシー。朝山は最後に圭花達へとライトサインを送ってから、一礼をして駅から去って行った。
　軽く手を振りタクシーを見送った圭花は、入れ替わりに駅のロータリーへやって来た自家用車を見た。後部座席から出てきたのは八神修。顔見知りの登場に圭花は小さく笑う。
「八神君もねこったーを見てきたの？」
「ああ。少しばかり気になってね」
　修は水鉄砲で遊ぶ嘉穂達を見た。歳相応の笑顔ではしゃいでいる嘉穂からはもう涙の気配はない。
　嘉穂が落ち着いたのがわかったのだろう。ねむるは笑顔で両手を上げた。
「あはは……ねむるさん水浸しだよ。降参だ。嘉穂ちゃんの勝ちだよ」
　降参宣言に藤寿と嘉穂は水鉄砲を下ろす。
　嘉穂に笑顔を取り戻させるため、いっぱい楽しんでもらおうとわざと水に当たっていた甲斐はあった。ただし後半ねむるＶＳ藤寿に限り手心はお互い捨て去っていたのだが。
　水鉄砲を片付けて、ねむるは嘉穂を見る。
「でもよかった。嘉穂ちゃん、さっきよりちょっぴり笑顔になれてるよ」
　水浸しになってしまったが、それでもねむるは嬉しそうに笑った。
「日暮君、ご苦労様。なかなか素敵な動きだったわよ？」
　世話焼きな気質なのだろう。自然な動作で圭花はねむるにタオルを差し出した。ねむるは礼を言ってタオルをありがたく借り、水気を取った。
「嘉穂ちゃん、さっきの約束覚えてるかな？」
「うん。ねむるおにいちゃんたちが、かほのおねがいをかなえるおてつだいしてくれるんだよね？」
「そうだよ。嘉穂ちゃんのお願いは何かな？」
　ねむるの優しい声に、嘉穂は水鉄砲を握り締めたまま黙り込む。そしてややあってから、ちらっと白いベンチを見た。
　彼女の視線の先には、おにいちゃんのスマートフォンがある。