ちいさなはつこい｜リアクション

ちいさなはつこい

　星ヶ丘駅前のロータリーを早足で歩いていた佐々藤寿が目指すのは駅舎前の白いベンチだ。ねこったーのつぶやきが気になって彼はここまでやって来た。
　しかし藤寿が真っ先に目撃したのは泣いている女の子ではなく、いきなり真上から落ちてきたスマートフォン。
「はぁ……！？」
　驚きながらも反射的に腰を落として地面すれすれのスマートフォンをキャッチしできたのは、さすが体育学科専攻在籍の運動神経と動体視力の賜物だろう。
　しかしその見事なファインプレーをしたはずの藤寿自身の心臓は少しばかりばくばく鳴っている。
　何故ならこのスマートフォン、寝子島シーサイドタウン駅前の携帯電話ショップで見覚えがある品だった。防水・防塵加工の最上級を施した新製品。ちなみにお値段はもろもろのサービスで値段を減額しても八万超え。
　藤寿はスマートフォンにどこも傷ついていないことを目視確認すると安堵の息をはく。
　その様子にスマートフォンの無事を知った真央とねむるも同じように胸を撫で下ろした。藤寿とは違い正確な値段を覚えていない高校生二人だが『新製品＝高い』という図式だけは共通だ。
「これ誰が落としたんだ？」
　中腰の体勢から元に戻ろうとした藤寿。彼の両腕に小さな体がぶら下がってきたのはその時だ。
「っ！？」
「お゛、お゛に゛いちゃんの、でんわぁ～……！」
　スマートフォンに飛びついたつもりの嘉穂は、勢い余って藤寿の腕にしがみついてしまった。スマートフォンで頭が一杯の嘉穂は、自分が宙吊りになっていることにまだ気づいていない。
　涙でぐしゃぐしゃの顔の女の子が飛びついてきたことに藤寿は少々驚いた。どうしていいかわからず、周囲に視線のみで助けを求める。
「安心して。おにいちゃんの電話は、落ちてない。だから、壊れてないよ？」
「早とちりしちゃったのね、慌てんぼさん」
　嘉穂をあやすように優しく抱きしめたのは、同じくねこったーを見てやって来た北原みゆきと桃川圭花だ。
「……ごわれ、で、ない？」
　ぶらんと藤寿にぶら下がったまま、嘉穂はぐずぐすと鼻を啜りながら問う。降りる、という考えが頭にないようだ。スマートフォンを心配そうに凝視している。
　その様子に動揺したのは、みゆきと圭花の後ろを歩いていた宇佐美実だ。彼は慌てて嘉穂へ声をかける。泣き止ませようと必死だった。
「このお兄ちゃんが電話を地面にぶつける前にちゃーんとキャッチしてくれただろう。だから、心配しなくていいんだよ」
　内心の焦りを隠し、目線を合わせて優しく諭す実に、多少落ち着いたのか嘉穂はゆっくりと藤寿を見上げた。「ほんとにこわれてないの？」とつぶらな目で訴える。それに藤寿は苦笑交じりにひとつ頷いた。
「もちろんだ。ほら、傷ひとつないだろ？」
　そう断言する藤寿にスマートフォンを見せられ、そこでようやっと嘉穂の手が緩む。ぶらんと宙で大きく振れた両足に、慌てたみゆきと圭花は一緒に嘉穂をゆっくりと地面に下ろした。
　ぐしゃぐしゃになった嘉穂のワンピースの裾と三つ編みのリボンを圭花が、涙と鼻水で濡れた嘉穂の顔をハンカチとティッシュでみゆきがそれぞれ直している間に、藤寿は拾ったスマートフォンを嘉穂の両手にそっと置く。
「もう落とすなよ」
　藤寿に返してもらったスマートフォンを抱きしめて、嘉穂はぽろぽろ涙を零しながら何度も何度も頷く。
　実は嘉穂の唇が、声にならない「ありがとう」という言葉を紡いだのを見ていた。自然柔らかい表情となる実に気づいたのは、幼稚園の先生という夢を持つ少女ただ一人だけ。
　――どこかで見た、誰かがしていた優しい顔。
　しかしその意味に辿り着くことなく、嘉穂の新しい涙に気を取られたみゆきは慌ててハンカチを握り直した。

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