カミキリ｜リアクション

カミキリ

○五十嵐先生の危機！

　歩き回っていた信彦は、クラスメイトを見つけた。
　着物姿の御巫時子が、日傘をさしてお弁当の入った袋を持って歩いてきたのだ。
「こんにちは……信彦さん」
「やあ、トキコちゃん、和服が良く似合ってるね！　あ、ところで……髪切り魔がこっちに来なかったかい？　覆面の男さ」
「髪切り魔……ですか？」
「一人じゃ危ないから、俺がボディーガードになろうか？」
　信彦の説明を聞いて、時子が思い出したのは五十嵐尚輝先生のこと。
「むしろ、先生の方が前髪が長いです……もし先生が襲われたら」
「ああ、五十嵐先生かい？　確かに狙われそうだねえ。カッコよく通り魔を撃退する……なんて姿は、どう考えても思いつかないよ」
「心配です……学校から近いですから、このへんを歩いているかも。鳥さんに聞いてみましょう……」
　時子は、ろっこんを発動して近くにいた鳥さんに声をかけた。
「こんにちは。通り魔を見かけませんでしたか……？　覆面をしているそうです……」
『顔を隠してるの？　ああ、それなら～』
　鳥が返事をしかけた時。
　時子の思いが通じたのだろうか、ちょうど向こうから歩いてくる五十嵐を見つけた。
「尚輝先生……！」
　だが胸騒ぎがした時子は周りを見回す。
　すると路地裏から覆面姿の男が走ってくるではないか！
「せ、先生……こっちへ」
「え、どうしたんですか？」
　時子は、慌てて先生の手を取り逃げ出した。
　いつもならそんな大胆なことはなかなかできないのだが、そんなことは言っていられない。
（ハサミは日傘を盾に防ぎましょう。運が良ければハサミに当てて落とせるかもしれませんし）
　時子自身も美しい黒髪を三つ編みにしている。
　追いつかれて掴まれたら、ひとたまりもなく切られてしまうかもしれないのだが……
（自分の髪より先生の方が大切です。尚輝先生が髪以外も切って怪我されるかもしれません）
「待てえ！　警察に突き出してやる！」
　信彦の大声に、髪切り魔は追ってこず、路地を曲がり逃げていく。
　追いかける信彦の背中を見送りながら、時子は手をつなぎっぱなしだったことに気づき恥ずかしくなった。
　慌てて離し、状況を説明する。
「人を襲う髪切り魔がいるそうです……気をつけないと」
「カミキリ？　虫じゃないですよね……そうだったんですか」
　あまり関心なさそうな様子で五十嵐は言う。
「尚輝先生が髪を切りたいと言われたら切っても良いと思いますが……勝手に切るのは困ります」
「そうですね……僕は髪はどうでもいいのですが、急に切られたら落ち着かない気はします。別人になってしまって、誰も気付かないかもしれませんね」
（髪を切ったら先生だとわからなくなるでしょうか？）
　一瞬時子は考えた。
（いえ、私はたぶんわかります……遠目にはわからなくても、声と雰囲気できっと）
　その言葉は口に出せずに時子は、鳥さんに空から男を追いかけてもらうよう頼んだ。

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