夕暮鳥居のその向こう｜リアクション

夕暮鳥居のその向こう

「ほんとに居たんだ」
「あー、だな」
　獅子口の面の女がどこかだるそうに段を登っていく。
　その背中を追うように、花菱朱音は弾む足取りで上を目指す。
（人面犬が居るなんてとってもすごいことなのに、私はなんでこんなに落ち着いてるんだろう？）
　元々、怪談から都市伝説まで、オカルト話は大好物だった。だからだろうか、こんなに不思議な場所なのに、初めて来た場所のはずなのに、――どうしてだろう、懐かしい感じがする。
（にしても、狐の仮面っていかにもらしいアイテムだよね）
　くすり、面の下で笑みが零れる。
　仮面の下は覗いちゃいけない、仮面を剥ぐなど無粋で愚かなこと。怪談や都市伝説にも、そういう暗黙のルールのようなものはよくある。
　神社の社に至る階段の半ば、朱音は立ち止まる。
　人気の失せた朱の色に染まる石階段を見回す。
（懐かしいと思っているのは本当に私かな？）
　階段の下に広がる、不思議な縁日。どこか懐かしく感じる風景。でもそれは『私』がそう思っているのではないのかもしれない。
（……『都市子さん』……？）
　己が内に在る、もう一人の『私』。もしかすると『私』ではない『誰か』を、朱音は『都市子さん』と呼ぶ。都市伝説の、『都市子さん』。
　都市伝説の坩堝のようなこの場所で、『都市子さん』は生まれたのかもしれない。だから『私』もどんな都市伝説にも驚かないのかもしれない。　
（『私』と『都市子さん』の狭間で意識がふわふわしてる感じ）
　心の内に『私』と『都市子さん』が交互に浮き沈みする。
　斑な意識のまま、階段を登り詰める。
　小さな社があるきりの玉砂利の敷かれた境内には、さっきの獅子口の面の女。社の鈴を鳴らして賽銭箱にお賽銭を投げ入れ、堂に入った拍手と礼をするなり、
「……あ」
　社の中に踏み込んだ。
「ありゃ」
　背後から聞こえた低い呟きに振り向けば、鳥居の前に居た翁面の男が階段を登ってきている。
「何も無いんにな」
　立ち尽くす朱音をちらりと見、着物の袖を翻して玉砂利の境内の一点を指す。指先を追えば、そこに誰かに似た人が面を被って立っている。腕には先ほどの人面犬が抱かれている。
　あの人はたぶん、
（私に『都市伝説』を教えてくれた、人）
　その誰かは朱音をじっと見詰め、ついと指を巡らせる。示すはこの場所の外。元の世界。
「早く戻りなよ」
　ぽつり、そう言ってくれた気が、した。
「お、広島弁」
　その人に言われるがまま、踵を返そうとする朱音の背後、社から出てきた獅子口の女性が玉砂利を踏み鳴らして翁面の男に近付く。
「わてに何や用でっか」
「広島でも大阪でも何でもいーけど。ここと向こうと、何で『重なった』？　ナニが神魂に引っかかった？　社ん中にはちっさい鳥居があるっきりだし」
　神魂、の言葉に朱音が食いつく。
「そうなの？　この神社、神魂と何か関係があるの？　もしかしてらっかみとも何か……？！」
　獅子口と狐、二人の女に詰め寄られ、翁面の男は心底不思議そうに首を捻る。
「神魂？　らっかみ？　なんだそりゃ」
　言いながら、帰れ帰れと二人を石階段へと追いやる。
「確かにこんな大勢ひとが訪うんは稀やけどな。何が因かはただのガキの使いなわしには分からん。まあ、あれや」
　夕日を浴びて、翁面が不気味に笑う。
「好奇心は猫をも殺す、てな」

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