ちょっと焼きそばパン買ってこい！｜リアクション

ちょっと焼きそばパン買ってこい！

【走る者たち】

　４時限目の授業中。
　柏田貴弘は授業そっちのけで購買室への最短ルートを練っていた。
　弁当を忘れた彼が、限定パンを狙わない訳がない。
（忘れた物は仕方ない、折角だし美味しいパン手に入れて食べたいよね。それに、人気のパンを求めて手に入るか入らないかギリギリ攻防だなんて――）
　柏田のゲーマー魂に火が付いた。
（ふふ、燃える展開じゃないか！）
　既に朝の段階でルートの下見は完了。ノートに書き込み済みだ。
　混雑状況も予測し、最速だと思われるルートを割り出した。
　その上でアクシデントに備え、回避方法や起こりうる妨害も全てノートに書き出し予備ルートを数パターン選定。
　終業のチャイム３分前までにメインルートと予備ルートを頭に叩き込み、脳内シミュレーションを繰り返す徹底ぶり。
（この作戦が全て物を言うからね。しっかりやっておかないと。空腹で朦朧と午後の授業受けるよか、半分使っても昼食確保してしっかり受けた方まだましだよね）
　そんな言い訳を心の中で呟きつつ、しきりにノートにシミュレート結果を書き込んでいく。
　その姿に先生とクラスのみんなが「柏田、この授業に賭けているんだな！」と感心されるとは、夢にも思っていないだろう。

（野球部のみんなと、旨塩唐揚げ焼きそばパンを分け合いたいなぁ♪）
　天馬ひびき、授業中に思わずよだれズピッとなってしまう。
（いけないいけない、授業に集中！）
　ふと、周りを見れば、誰もが落ち着かない様子。
　ゴクリの生唾を飲み込む生徒さえいる。
　これが限定品焼きそばパンの魔力なのか。
（にょえぇぇ……、競争相手が多いよ～）
　いくら脚力に自信がある天馬とて、この事態に少々戸惑い気味だ。

　終業のチャイムを今や遅しと待ち侘びているのは、常葉治だ。
　旅館の若女将として、料理に関しては人一倍興味があるようだ。
　既に頭の中は焼きそばパンのことでいっぱい。
（人気が根強い商品には作り手の技や工夫。こだわりがあるもの。先日の寝子饅頭のような……）
　彼女の旅館で考案した寝子饅頭は、いまや町長一押しの名物メニューとなっている。
　常葉は、全校生徒をここまで魅了する旨塩唐揚げ焼きそばパンに注目した。
（うちの板前たちが技を込めるように、やはり購買のパンと言うものには技があるのでしょうね）
　だから、私はそれが見てみたい、と胸の中で熱い闘志が灯る。
（一口でもいい。できれば勝ち取りたい。あの、特別な焼きそばパンを！）
　拳に力が籠る。シャープペンがＬ字にしなるくらいに。
（もう、守られてばかりじゃ、嫌だから……っ！）
　自分は常に誰かの影に守られてばかり。
　このままじゃ、私は駄目だと。
（私が、女として生きると決めた時のような、あの気持ちの強さがもう一度必要なのかも。私は、新しい見聞のため、購買のスペシャル焼きそばパンをぜったいに、絶対に食べてみたい！）
　そして脳裏によぎる想い人の顔。
（私はフツウの女の子じゃないから……、きっと……）
　この気持ちに気付かれたら、彼を困らせてしまうかもしれない。
（でも私は、やっぱり、刀君が大好き……）
　その時、終業のチャイムが、鳴った。
　一斉に駆け出す生徒たち。
　常葉も猛ダッシュで購買室へ向かう。
（刀君を好きなだけじゃ駄目なんです！　皆に守られてばかりはもう嫌なんです！　下らないことかもしれません、けど、私は！）
　自分を変えるきっかけに、旨塩唐揚げ焼きそばパンをゲットする！
　常葉の心が今、熱く燃える！