ある夏の夜に｜リアクション

ある夏の夜に

「ご、ごめんね」
　遠野まほろは手を繋ぐ相手を見上げる。もう一度繋いでもらった手を、きゅっと握った。今度は離さないようにだ。先程うっかり手を離したときに、強い睡魔に襲われたのだ。再び手を繋ぐと眠気はどこかへ消えさった。だから繋いでいるのである。
「私、ぬいぐるみさん作ってるとき以外だと、この時間帯だいたい寝てるから眠くって」
　まほろは小さな声で謝罪する。手を繋いでいても、緩やかな眠気が夢の世界へ誘おうとする。しかし今はひとりではない。手を繋いでいる相手がいるのだ。ここでまほろが手を離して眠ってしまえば、相手も同じくこんなところで眠ってしまうのだろう。それは避けたかったし、ひとりではないから頑張れそうだとも思えた。
「でもあなたが起きてるなら、頑張って起きてるよ」
　空いている手で目をこすりながら、まほろは言った。相手……飛吹勘助は、なぜだか顔を赤くして頷いた。
「夜の街を見て回るなんて、あんまりないことだからそれは嬉しいんだけど……知らない人と手を繋ぐっていうのはちょっと照れくさいかな？」
　まほろも微かに頬を赤く染める。
「えっと、私は遠野まほろだよ。あなたの名前も教えてくれると嬉しいな……」
「俺は、飛吹勘助、です」
　互いに自己紹介をして、まほろは眠たげに再び目をこする。
「ふわぁぁ……眠い……。何かお話をする？　どこか見たいところはある？　そうじゃないと私寝ちゃいそうで……」
「えっと、すみません、もふもふ、一緒に、探してくれませんか？」
　勘助はおずおずと遠慮がちにそう口にした。
「もふもふ……？」
　まほろはそう尋ねる。『もふもふ』が何か分からなかったからだ。状態を表しているのなら、もふもふしている何か……だろうか。
「えっと……」
　どう説明しようかと悩んでいるのか、勘助が黙り込む。
「もしかして……ぬいぐるみ、なの……？」
　まほろが小首を傾げて尋ねると、勘助は吃驚したように少し目を見開いた。
「そんな感じが……したの……。『もふもふ』……探しに行こう……？」
　まほろは、勘助の手を引いた。

　勘助は『もふもふ』探しをしながら、まほろとさまざまなことを話した。
「私の趣味……ぬいぐるみ作りかな……。ねこやうさぎを作るの……。あなたは……？」
「俺は、歌と水泳、です」
　先程の名前だけの自己紹介ではしなかった話をだ。こうやって探している間に、まほろのことが少しでも分かればいいなと思ったのだ。女の子と手を繋いでいるということだけでも恥ずかしいのに、話すことはもっと勇気が必要だった。しかし、こんな経験は滅多にできるものではない。たとえ、かなり緊張して、上手く喋れなかったとしても。それにしても、こんな形で誰かと過ごすなんて、初めてだ。生まれつきの瞳の色、臆病な性格、急成長した身体。これらのせいで、昔からずっと嫌われて、手を繋ぐような友達なんていなかった。もし繋いでくれるとしたら、家族や先生だけだと思う。歩を進めながら、勘助はまほろと繋ぐ手を見る。これは、神様の仕業、だろうか。神様まで嘲笑っているのか。だから、全く赤の他人の手を無理矢理繋げて……。
「どうしたの……？」
　不思議そうに見上げるまほろと目が合う。
「なんでも、ない……」
　困ったように、勘助は小さく笑った。

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