ある夏の夜に｜リアクション

ある夏の夜に

　懐かしい夢を見た気がした。七龍りらは目が覚めると、手が温かくて……見知らぬ人と手を繋いでいることを知った。
「ごめんなさい……！」
　咄嗟に手を離すと、猛烈な眠気に襲われる。ふらりと身体が傾いだが、なんとか相手の手を掴まえて、事なきを得た。
「手を離すと眠くなってしまうのね」
「手を離すと眠くなる……夢の中で寝たらどうなるんだろうねえ」
　驚くこともせず、のんきに見知らぬ誰かは呟く。
「でもまあ、こんな外で寝ちゃうと夏とはいえ、風邪でも引くかもしれないよ」
「ふふ、そうね」
　りらは相槌を打って微かに笑った。
「私は七龍りら。あなたは？」
「私はピーター・ビアズリーだよ。ああ、おじさんは不審者じゃあないからね？　普通の、無害な、ただのおじさんさ」
「ビアズリーさん、ね。よろしくね」
　簡単な自己紹介をし合って、りらは無邪気に笑った。それにしても、夜の寝子島は珍しい。きょろきょろと視線を彷徨わせてしまう。普段なら、こんな時間に外に出ることはないからだ。どこに行っても、いつもと……昼間の寝子島と雰囲気が違って、きっとドキドキするに違いない。なんだか悪いことをしているような、そんな気持ちを抱いているから、だろうか。
「ちょっとこの辺、歩いてみるかい？」
　誘われるまま、りらは頷いた。
「こんなおじさんと手を繋いでるのが嫌じゃあなければ、だけどね」
「嫌なんて思わないわ。ねえ、ビアズリーさんは、どこへ行きたいの？」
「どこでも。りら君は？」
「私？　そうね……うーん、夜の海が見たいわ！」

「しかし、かみさんの手を握って歩いたのもいつ以来かっていうくらいなのにねえ。さすがのかみさんも夢の中までは覗けないから内緒にしておこうね」
　海まで歩きながら、ピーターは口にするのが癖になっている妻の話をする。
「結婚しているのね」
「そうだよ」
　ゆったりと答えて、ピーターは辺りをきょろきょろ見回す。
「……夢の中までは来てないよねえ？」
「仲がいいのね」
「そうだねえ」
　海に着くと、りらは手を離さないように気を付けて、軽やかに笑ってみせた。
「月明かりに輝く水面がキレイね。でも思ったより暗くて怖いわ、きっと１人じゃ怖かった。あなたが一緒でよかったわ」
　ピーターより半歩先にいるりらが振り向くと、桃色の髪が月明かりの中でにふわりと舞った。
「誰もいない海を独り占め……ううん、二人占めね！　カメラがないから写真も撮れないけど……心の中に刻んでおくわ！」
「カメラ……今に限って持ってないのが悔やまれるねえ」
「ビアズリーさんは、写真家なの？」
「自称写真家、だけどねえ」
　りらは楽しそうに笑って、ふと、視線を海へと移した。
「わたしね、今夜も１人で部屋で泣いているうちに眠っちゃったみたいなの。でも、悲しいまま朝になるんじゃなくて、こんな楽しい体験ができて幸せよ」
　振り向いたりらの表情は泣いてはいなかった。笑顔でりらという名の少女が言う。
「この出来事は夢かもしれないけれど……また昼間に会えるといいわね！」
「そうだねえ」
　ピーターは相槌を打って、優しく微笑んだ。

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