寝子島、停電の熱帯夜｜リアクション

寝子島、停電の熱帯夜

【AM0:30　寝子島高校プール】

　夜の学校プールって何か不思議だ。

　プールサイドに裸足で立つ雪原真白は、水面で煌々と浮かぶ星たちに見入っている。
　早めに寝ようと思ったが暑苦しくて寝付けず、トロピカルな色合いのサマードレスを着て停電の街へと繰り出した。小走りしたせいで汗ばんでいる。
（本当は寮に水風呂張ろうかと思ったけど、さすがにちょっとまずいよね）
　常識をわきまえているつもりの真白。深夜の学校プールへ忍び込むのもだいぶ常識からずれている。

　足だけでも……と、プール縁に腰掛け、ひざから下を水に付ける。
（おっ……いい感じだ）
　波紋ができて、星たちがゆらりと真白の登場に驚いている。冷やっこさが首筋を通って脳天へと突き抜ける。

　しばらくそうして電気のない夜を堪能していたが、その冷たい感覚も薄れてくると、さらなる欲望が上書きされる。
（ぷかぷかとプールに浮かびながら星空を眺めたら、きっと気持ちいいんじゃないかなぁ）

　……。

（水着ないけど……）

　ま、いっか。

　周りをぐるり社交辞令程度に見渡してから、そっと下からぬぎぬぎ。
　停電の熱帯夜、雪原真白、学校プールで一糸纏わぬ姿に。月の光にかたどられ、きらびやかな星たちに包まれながら、真白のメリハリのついた体——出るとこ出ているまことにけしからん、こぼれ落ちそうなくらいに実ったバスト、ピンと張ったヒップ、くびれたウエスト——が、水面に映し出される。

　パシャン

　静かに飛び込んで、独り占めのプールを泳ぎ始める。
（やばい、最高）
　こんな時間にこんな格好で、いつもの学校にいるなんて。ちょっと癖になりそうだ。水面にたわわな二つの丘を浮かせながらしばらくの遊泳。

　と、学校沿いの通りから、一筋の光が差し込んできた。
（まずいっ、誰か来た！？）

（何の音だろう？）
　散歩中だった恵御納夏朝、学校プールからの音に首を傾げながら、そちらへ懐中電灯を向ける。
（こんな時間に誰か泳いでいる……？　まさか）
　背伸びして敷地内を覗き込む。植樹の間を縫って、光を差し込ませた。

　停電の学校プールは、夏朝が思っていた通り、清涼で美しかった。
（誰もいないな）
　しかし水面は必要以上に揺れている。さっきまで誰かが泳いでいたかのようだ。
　それに……プールサイドに何か落ちている。あれは服だろうか？
（ちょっとミステリー？）

　サッ。視界の端で何かが動く。
「キャ」
　小さな悲鳴をあげたが、茂みから出てきた影はまん丸とお月様のような目を二つ。夏朝を警戒している。
「ね、ねこっ！」
　夏朝の興味はすでにそっちへ向いている。
「待って猫さん、なんて名前なの？　飼い猫さん？　カリカリ派、それとも缶詰め派？」
　停電の街は、猫さんにはどう見えているの。
　猫を追いかけ、夏朝は散歩を再開する。

「はぁ、はぁ」
　髪先からポタポタと水滴を垂らしながら、脱衣所出口の影に隠れてていた真白。光が見えなくなるのを見届け、鼓動が落ち着くのを待つ。
（見回りの警備員さんかな……）
　このちょっとやっかいな能力を使っていなかったら、彼女の裸体はあの光に照らし出されていたことだろう。
　真白はろっこん「テレポーテーション」で窮地を脱した。しかし困ったことにこの能力、転移先を意識しただけで発動してしまうので、意図せず起きてしまう。身につけている服は置いてけぼりなので、裸で転送されてしまうのだ。
（まあ今回は最初から裸だったけど）

　さすがにもう泳ぐ勇気はない。体が乾ききったらドレスを着て、足だけ浸かってもう少し停電の夜空を楽しもう。そう思うのだった。