寝子島、停電の熱帯夜｜リアクション

寝子島、停電の熱帯夜

【PM11:50　n.k.FM】

　続いてのメールです。

『私は今友達と九夜山の展望台に来ています。星たちがすごく綺麗。興味がある人はこれからでも遅くないので見に来てみませんか。ただし注意、季節の虫が多いのでスプレーなどは必ず持っていきましょう』

　なるほど九夜山山頂からの星空、今夜は一段と綺麗でしょうね。皆さんそれぞれ、停電の熱帯夜を満喫しているようです。あなたはどんな風に過ごしていますか。ぜひメールをください。アドレスは……

【PM11:55　桜花寮】

　ラジオに耳を傾けながら栗原瑞穂は、ひとり幻想的な夜を堪能していた。
　桜花寮８畳にところ狭しと焚いたアロマキャンドル。外からかすかに吹いてくる風がそれぞれの炎を同じ方向へ魅力的に揺らし、瑞穂へ香りを届けた。色とりどりのキャンドルたちはまるでたいまつを抱えた動物たちのように生き生きと揺らめいていて、メルヘンチックな森の夜会にでも参加したかのようだ。
「おっ」
　ラジオから聞こえたメールの件名に、思わず身を乗り出す。「アロマキャンドルで幻想的な一時を」、まさしく自分が投稿した件名だ。
『私は今、部屋いっぱいにアロマキャンドルを灯して、光と香りを楽しんでいます』
　今さっき自分が打った文面に聞き入りながら、人気キャラクターをあしらったシルエットグラスのキャンドルを鼻に寄せる。
『暑くて窓を開けているので、アロマの香りがたくさん漏れていることでしょう。もしご迷惑に思われている方がいたらごめんなさい』
　メールではそう謝しつつも、本心では、香りと一緒に自分の楽しい気持ちも届いてくれたら、そう願っている。
『キャンドルナイトに合う曲をリクエストします』

【AM0:00　シーサイドタウン】

「？」
　五十士柊斗は目を凝らした。
　なんだろうか。停電のはずなのに、ボヤーッと輝く一室がある。あれは確か桜花寮だ。
「ろうそくかな」
　首を傾げる。正確には、「重力が本来あるべき方角」へ首を垂れ下げた。
　つまりどういうことかというと、この柊斗という少年、地面に平行するようにして“立っている”。ろっこん「天を地に」を利用し、シーサイドタウン有数の高層マンションの壁を、気ままに散歩中。金髪の天然パーマが逆立つ程度にビル風が吹いている。が、ろっこんの効果が切れるといった落下への恐怖は一切ない。高いところがとにかく好きなのだ。
（こう真っ暗だと、たぶん気づかれないだろう）
　と安易な気持ちで屋上を目指し始めたのだが、ああやってろうそくを灯している人も中にはいるようだ。気をつけないといけない。こんな姿を目撃されたら、明日から寝子島は建物を這う幽霊の話題で持ち切りになってしまうだろう。

　若干急ぎ足になり、屋上へ。

「うん、いい見晴らしだ」
　ミニランプを灯し、ラジオのつまみをひねる。幻想的な一夜にふさわしい、オルゴール調のしっとりしたメロディが流れ出す。
　ごろり寝転んで星を見上げた。いつもは見ることのできない星たちも、街が真っ暗なのが珍しいのか、たくさん顔を出している。
（はは、すごいな。あの、一番輝いている星は何て名前だっただろう？）
　もっともっと天体の本を読んでおくべきだったと少し後悔する。

　携帯の着信が鳴る。遠方に住む妹から、他愛ないメールだった。手短に返事し、
『夜更かししないで早く寝ろよ』
　と締める。
（なんて、自分のこと棚に上げてみたりして）
　返信完了を見届けると、携帯を胸の上に置き、しばらく無心に星たちを見ることにした。
　ラジオでは、柊斗が通っている木天蓼大学寝子島キャンパス付近で開催されているスタンプラリー肝試しが盛況であることを伝えている。

【AM0:04　シーサイドタウン　下界】

「なー、これ行こやー」
　四野辺蘭月もちょうど、ねこったーで肝試しの情報を見つけていた。
「ほー肝試しやっとんのか」
　デートの相手、難波辰も興味深そうに液晶画面を覗き込む。
（よっしゃ、ええとこ見せたる！）
　もちろん下心……ナイト心あっての食いつきだ。
（チャンスかも！　暗い怖いを口実にして、難波くんに抱きついてみようかな……）
　蘭月もガッツリその気である。
「寝子スタのほうやってー」
　停電になってカラオケ屋を追い出されてしまった２人、行くあてもなく暗い街をぶらつき、せっかくのデートにも関わらず暇を持て余していたのだった。
「よっしゃ行こか」
「暗いからゆっくりで頼むわ〜」
「怖かったら手繋いだろか。遠慮すんなや、俺と蘭月の仲やんか」
「気持ちだけもらとっくわー」
　そんなやり取りを繰り返しながら、肝試し会場へと向かっていった。

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寝子島、停電の熱帯夜

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