寝子島、停電の熱帯夜｜リアクション

寝子島、停電の熱帯夜

【PM10:59　星ヶ丘マリーナ】

　イヤホンのラジオ気象予報は、今夜中雲のない夜空が広がることを約束している。
　ライフジャケットに身を包む亜魚隈猯利は、これから始まる特別な夜釣りを楽しみにしている。

　星ヶ丘マリーナの防波堤付近。右手には高級ホテル「ステッラ・デッラ・コリーナ」の明かりが煌々と照っている。停電にちなんで何か催しをしているのかもしれないが、喧騒はここまで届かなかった。聴こえるのはラジオと打ち付ける波の音だけ。振り返れば、星ヶ丘の静かな街並。

　ラジオが午後１１時を告げる。

　街は音もなく一瞬にして、闇へと落ちていった。

「おー」
　猯利の抑揚のない声が漏れる。真っ暗で何も見えない。辛うじて、水平線に浮かぶ夜船がポツッと見えるだけだ。
（目が慣れてきたら開始だ）
　光のないマリーナで何が釣れるだろうか。猯利の興味は尽きない。

【PM11:00　九夜山】

「ぬー……すごい……！」
　目が慣れるころにようやく、真辺伸幸は感嘆の声を上げた。同時に、ここに来る途中で停電にならなくてよかったと感じ入る。危険な斜面で真っ暗になったら、にっちもさっちもいかなくなっていたことだろう。
　停電した街を十分に堪能した伸幸、今度は空を見上げた。
「こっちもすごい……」
　地上の星たちが消えたおかげで、空の星たちは明るさを存分に主張し、またたいている。普段は見えない星たちも姿を現してくれているようだ。
「手が届きそうねぇ」
　両手を空に向けて突き出す。もしかしたら本当に、星が手に入るかもしれない。夢のような心地のまま、空に引っ張られるようにして、伸幸は再び山を上っていく。