ミエコ｜リアクション

ミエコ

「大丈夫かい、飼い主さん」
　ようやく薄目をあけた勉の顔を、天野が覗きこむ。
「ハッ、ミエコォォォオ――！！　ミエコォォオオ――！！」
　ぶっちゃけうるさい。ヘッドフォンすら貫いて、わんわん響く声に耳を押さえつつ、天野は買ってきたブランケットと猫用のミルクを勉に手渡す。
　ろっこんの存在を知らない人間の視線が一つ、復活。
　ミエコは再び、牛さんサイズに逆戻り。
「ほらね。大丈夫、猫は戻るよ。ミエコが遊び疲れたら、コレを使ってあげて」
「良かったー。お兄さんずっと倒れたまんまだったから、声わかんなかったんだよね。これでバッチリ！」
　そう言うのは、例に漏れず大きな猫に魅了されてやって来た雨寺凛である。
　凛はろっこん『虚偽声楽（フェイク・ショウ）』で飼い主の勉の声を真似、ミエコの気をひくつもりだ。
　右の耳に触れ、能力をオン。
　いざ、勝負！　凛は大きく声を張る。
『こっちだぞー！　いい子だからおいでー！』
　君の愛らしい姿から発せられるのが、残念な兄貴の声であったのが、いささか口惜しい。

「ミェ？」

　聞き覚えのある声に、ミエコが一瞬首を傾げた。
『ほら、一緒に遊ぼう～！』
　根気よく、凛は声を掛け続ける。だがいまひとつミエコの反応は鈍い。
　はっ！　ひょっとして……。
　凜は思い切り息を吸い込んだ。

『ミエコォォォオ――！！　かわいいよ、ミエコオオオオ――！！！』
　ミエコのお耳が、ぴくりと動いた。
「ミェ？」

　食いついた！　ミエコこっち来た！！
『おー、来た来た…！　遊ぼ遊ぼ！　……って、凄いスピードで迫ってきたああ！？』
　有無を言わさず押しつぶされる、お、重いっ！
『つ、つぶれる……でも、気持ちいい……』
　どでかいにくきゅうは、あったかくてぷにぷにだ。
『ちょっ、ひっ、な、舐めないで、ひゃうっ、くく、くすぐったい……ひぃっ、だ、誰かっ……あひっ、た、助けてっ･･･！』

　ああ。
　君の愛らしい姿から発せられるのが、残念な兄貴の声であったのが、すげえ口惜しいよ。凛ちゃん……。

「……信じてみない？猫も、皆も。さ」
　天野の見ている先で、陰ながら頑張っていた都さんが超巨大ミエコに、またしても突撃した。
「もっかい猫パンチ！　てか、もふらせろおおおおおお！」
「……あれ、でも……外すのなら、ゴム部分につけないとだめなのかな……？　……もう一回行ってきます」
　こちらは、いきなり脳内で何かが繋がった夏朝ちゃん。
　むくりと起き上がったかと思うと、にゃんこシールを手に、とてとてミエコに接近する。
「……やっぱり尻尾が高すぎて、手が……あうっ、にくきゅう、やわらかい……」

「数名ドＭかもしれないけど」
　クールに言い放つ天野くんの言葉は、多分ものすごく的を射ていた。

　刀は猯利の協力を得て、釣り糸の先に買ってきたちくわを括り付ける。
「それをミエコの鼻先に頼む！」
　期待に応え、猯利の釣り糸が空間を切り裂いて飛び、寸分たがわずミエコの鼻先に落ちる。
「行くぞ、奈良橋！」
「おうっ！　任せとけ」
　刀の意識が、落ちる撃鉄のイメージと同調し、時は彼だけを連れて大いに加速した。
　つい先程までそこにあった景色が、刷毛で色を流したように置き去りにされる。
　同時に動いた博美が、地を蹴った。
　神の力が彼女にかりそめの翼を与え、博美は眼下となった目標を鋭く見据える。
「今だ！　ゴムを！」
　刀が渾身の力で、ミエコの尻尾を押さえ込んだ。
「行くぞ――！！」
　誰もが息を詰めて見守る中、博美が睦月がつけたボールの傷に、まっすぐ指を伸ばす。

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