日も落ちて、すっかり暗くなり。夜のシーサイドタウンに灯る明かりの中に立つ、二人の少女たち。
「えへへっ♪」
「……ふふっ」
　艶めく美しい黒髪が、風をはらんで、ふわり。無邪気に微笑みながらも、挑発的なルックスで男たちを誘う、雨寺 凛。
　ちろり、舌を出してみせ。丸みをおびた、緩やかな曲線を描き出す豊満な肢体を自ら抱き、手招きする、鬼崎 あやめ。
　二人が放つ凄絶なほどの色気が、通りがかる男たちの足を止め、魅了していきます。
「えへへ、お兄さん、遊びに連れてってくれるの？　夜の街って、初めて！　楽しみだなぁ♪」
「ふふ……おじさん。私と、楽しいこと。してみます？　もちろん、タダで、っていうわけにはいかないけど……」
　やがて少女たちは、男たちに手を引かれ。怪しい夜の街中へと、消えていくのです。



【雨寺 凛の場合】

　もちろん。知らない男の人を自分から誘って、いけない遊びにのめり込むなんて、そんなこと、凛の望むところでは無いのです。けれど。
　いかにも軽薄そうな男の腕をぎゅっと抱き込み、胸を押し付ける自分の姿を、凛ははらはらとしながら、じっと見上げていることしかできません。

　事の起こりは、今朝のこと。
「あーあ、もう。ご主人って、色気ないよなあ。もう少し、そういうことにも気を使ったらいいのにさ」
（よ、余計なお世話だよ！　……ていうか、これ……私、動けない！？）
　やけに低い視点。床に張り付くように、自分自身を見上げている凛。
（か、影……？　これ、私……影と、入れ替わっちゃったの！？）
　パニックに陥る凛をよそに、自由を手にした影は、鏡の前にたち、何やらポーズをとったり、しなを作ってみたり。
「……うん。よーっし、せっかくの自由だもんね！　幸い、プロポーションは悪くないことだし。もうちょい、挑発的な格好でキメてみよっと！」
（ちょ、ちょっと待って、どこ行くの、ねえ！？）
　慌てた凛の問いかけも空しく、影は、鼻歌交じりに出かけていきます。

（わ、わーっ、わーっ！　こ、こんなの恥ずかしいよ！　見せすぎだよー！）
　地べたの中で、凛は、心臓が爆発してしまいそうなほどの羞恥心に襲われていました。それもそのはず。
　影が、シーサイドタウンで買い揃えた服ときたら、胸元に大きく切れ込みの入ったヘソだしのトップスに、今にも中が覗けてしまいそうなほどのミニスカート。その下には、大胆なレースの下着まで身に着けているのです。
　おまけに、そう安くは無いコスメを買い漁り、メイクもばっちり。耳に開けた真新しいピアス穴には、煌びやかな、音符の形のピアスまで身に着けています。
（っていうか、私の貯金！　夏休みに遊ぶために貯めてたお金がー！？）
　何を言っても、伝わってはくれず。
　極めつけには、街中で出会った、自分と同じくらいの年ごろの女の子の薦めで、逆ナンパのようなことまで始めてしまう始末。
　たまたま駅前で隣り合った、『あや』というらしい彼女は、ここで男と待ち合わせているところだそうで、
「へえ、出会い系サイトかあ、私もやってみようかなあ？」
「ふふ、男なんて、あなたなら簡単に釣れると思うわよ。ほら、あそこにいるお兄さんなんて、いいんじゃない？」
（でで、出会い系！？　この子、そんなことしてるの！？　ま、まずいよー、このままじゃ私、ほんとに……！？）
　くねくねと身をしならせ、セクシーポーズと共に発散されるその色気に誘われるように、へらへらと軽そうな笑みを浮かべる男が、こちらへ近づいてきます。

　カフェでおしゃべりしたり。ゲームセンターで一緒にゲームに興じたり。いかにも高級そうなお店で、食事をおごって貰ったり。
　凛だって、分からないわけでは無いのです。それだけで、終わってくれるはずもないことを。
「ねえねえ、次は？　次はどこに連れてってくれるの？」
（次、って……ダメだよそれは！　危ないから！）
　言葉にならない、叫びも空しく。
　結局、影はそのまま、行きずりの男と連れ立って、ネオンサインの瞬く路地の中へと消えていきました。
（ふ、不純だよぉ……！　私がしたい恋愛は、こんなのじゃないんだってば！　い、いやーーーっ！！）



【鬼崎 あやめの場合】

「男好きのするこのカラダ、この武器を最大限に活かさなくて、どうするの？」
　肉体の自由を手にした影は、あやめの豊かな胸を両手で持ち上げ。そんなことを言うのです。
「ふふっ。バカな男たちを手玉に取るのに、ちょうどいいわ。このカラダを使って、男たちを弄んでア・ゲ・ル♪」
（そんな……やめて！　私、私は……ちゃんと、好きな人と結ばれたいの！　そんなことに、私の身体、使わないで！）
　影は、しかし。鏡の中、男を惑わす、小悪魔のような笑みを浮かべるのです。

　シーサイドタウンの繁華街へとやってきて、しばらく時が経った頃。何やら駅前で誰かを待ちながら、手持ち無沙汰に佇んでいた影の隣へとやってきたのは、あやめと同じくらいの年頃の女の子。彼女が待ち人、というわけでは無いようでしたが、何だか波長が合ったらしく、そわそわと落ち着かないあやめをよそに、影はしばし、少女と他愛の無い話題で談笑していました。
（この子……すごい格好してる。あ、あんなに短いスカートで、見えちゃいそうで。胸元だって、あんなに大きく開いてて。もしかして……私も、こんな風に見られてたり、するの……？）
　『凛』と名乗った少女は、行き交う男たちへと、過剰なまでの愛想と色気を振り撒いています。けれど、今のあやめには、それが他人事のようには思えません。今、彼女の身体の支配権を握っているのは、影。まさに影は、そのためにここへとやってきたはずなのです。
「ふうん、じゃああやも、ここらで男アソビってわけ？」
「ふふ、似てるけど、ちょっと違うわね。私、待ち合わせしてるの。さっき出会い系サイトに登録してね、そこで約束したおじさんと、ここで」
（で……出会い系サイト？　それって、もしかして……！？）
　何気なく、影が口にした言葉に。あやめは、さあっと血の気が引いていく感覚を覚えました。
　やがて、凛という少女は、近づいてきた若い男と一緒に、どこかへ行ってしまい。
「……『あや』ちゃん、だよね？」
　振り返れば。好色そうな目をぎらつかせながら立っているのは、くたびれて薄汚れたスーツを着た、脂ぎった中年の男。

　ホテルの個室へ入るなり、中年男は、早速あやめの豊かな胸へと手を伸ばしてきます。
「……おじさん。私、高校生ですよ？　ふふ……触ってみます？　女子高生の、胸。ふふふっ」
　高価な服に、バッグに、アクセサリーに、ディナーまで。ねだる影の押し付ける胸、その柔らかな感触に流されるまま、欲しがるままに与えてきた中年男は、ついにその見返りへとありつけるとばかりに、あやめの胸へと手を押し当てます。影は、その上へ、そっと手のひらを重ねながら、
「ねえ……おじさん。私、もっとお金が欲しいな。前金で」
　そう。影は、知っていたのです。あやめの持つろっこん、その発動条件が、相手と身体を接触させることにあるのを。
　男は、慌てたように腰のポケットから財布を引っ張り出すと、何枚もの一万円札を取り出し……。

「ふふっ、あ～面白かった！」
　札束を数えながら、影は、朗らかに笑います。
　手の中に忍ばせていた、スタンガン。鼻息荒くお金を手渡す中年男の意識を、それを押し当てて飛ばすと。影は、一目散に逃げ出してきたのでした。
「本当、男って、バカばっかり。そう……あなたの想い人みたいに、ね？」
（……お兄ちゃんの悪口、言わないで）
　力なく、あやめは返します。
　不意に訪れた、影との入れ替わりという奇妙な体験は、今日一日で、あやめの心をひどく消耗させていました。
「ふふっ、まぁいいけれど。楽しかったわ、じゃあね、あやめ……いつでもあなたを見ているわ、影の中から……」
　気づけば、深夜０時。
　身体の自由を取り戻したあやめは、しかし、道端でがっくりと膝をつき。そのまましばし、泣きました。