ある一夜の夢想い｜リアクション

ある一夜の夢想い

　夢の中の世界で、遠矢護は首を傾げた。
　この世界に誘ったあの声は、前にも聞いたことがある。
　そんな気がしたのだ。
　ただ、誰なのかはわからない。
　もしかしたら、その誰かと以前も話さなかったのかもしれない。
　思い出せないことに囚われるのはやめにしよう、そう思って、護は歩き出した。

　前方に立った人影を見て、護は驚く。
　相手は寝子高２年のロベルト・エメリヤノフだった。
　１年生の護にとっては先輩である。
「あの、こんにちは」
「やあ、こんにちは」
　こんな所で会えるなんて、これは護自身の願望だろうか。
　もしそうであるなら、ずっと思っていたことを言ってみようか。
「あの、入学式のとき……僕、島外から来て誰も知り合いがいなくて不安だったんです。でも、先輩が声を掛けて下さったお陰ですごく助かりました。先輩は覚えてないと思うんですけど」
　最後の一言は、末尾へ向かうに従い小さくなってしまった。
　しかし、ロベルトにはどうにか届いていたようだ。
「そんなことないさ。僕も始めて出来た……初めて声を掛けた後輩だからね、よく覚えているよ。そうか……迷惑になってなかったのならよかった」
「え、覚えて……あ、ありがとうございます！　あ、あの、あれから先輩のことこっそり見てて、その、勝手に憧れてたり……あ、いえ」
　言葉を切って、護はこっそり安堵する。
（そっか、覚えて貰えてたんだ）
　思わず目が潤んだ。
「あ、ご、ごめんなさい」
　護は涙を拭き取るように目をこすった。
　その拍子に、ころころりと何か小さいものが２つ落ちてくる。
（あれ？　今、何か……）
　拾って手に取る。
　透明な飴のようだ。
（これが透いた夢飴？）
「あの、良かったら１個……」
　護はそっと飴を差し出す。
　ロベルトは片手でそれを制し、転がったもう１つを拾う。
「気にしないで。……涙が飴になんて素敵だね。これも夢が為せることかな？」
「そうですね、夢……だからですよね」
　この透明な夢飴を舐めれば、ひとつ覚えていられるとあの声は言っていた。
　それなら、と護は思って口に入れる。
（先輩が、僕のことを、覚えててくれた）

　透明な夢飴を口に入れた護を見て、ロベルトも見知らぬ声が言っていた飴の効果を思い出した。
（舐めれば本来なら忘れてしまうことを、覚えていられるのか。なら）
　ロベルトも護に倣って、透明な夢飴を口に放り込む。
（遠矢が、僕に、憧れている）
　自惚れだけれども、好意には応えたい。
　それに、護の理想をうっかり壊したくないとも思う。
（……それに、嬉しいからね）
「あの……この前のぬいぐるみ教室楽しかったですね」
　優しく接して貰えるのが嬉しいのか、少し甘えたように護が色々な話を始める。
「そうだね。どうなるかと思ったけど、無事終わって良かったよ。そういえば、遠矢はあれからどうしているかな？」
　ロベルトはそんな護の話を、先輩として受け止める。
　いくらか話して、それから、不意に会話が途切れてしまった。
　そろそろこの世界を去るべきときなのだろう。
「さて……そろそろかな？　青い夢飴で帰れるんだったね」
「また学校で会えますよね」
　名残惜しそうな顔をして、護が言う。
「ああ。また学校でね」

　ロベルトは自室で目を覚ました。
（……夢か。……夢の中の彼は僕に憧れているらしいけれど……僕も……いや、僕が。彼にどこか憧れているところがあるのかもしれない）
「後輩の子に変な話かもしれないけど……」
　ロベルトはぽつりと呟いた。

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