ある一夜の夢想い｜リアクション

ある一夜の夢想い

　時計を作っているうちに眠ってしまったのか。
　妙な夢だと仁科宝良は思った。
（夜中まで仕事なんざするもんじゃねえな）
「青い夢飴……っつったか」
　手元を確認すると、青い夢飴を握っていた。
（確かに持ってるが、こいつで帰れる……起きれるわけか？　意味はわかんねえが、ならとっとと目ぇ覚まして……？）
　青い夢飴を口に放り込もうとして、宝良は微かに聞こえた声に耳を澄ませた。
　目は、声のした方に向ける。
　聞こえるのは高くて、慌てているような、そんな声。
「誰か……女？　俺以外に人がいんのか……？」
　明るい昼間といっても、誰なのかわからないので、用心しながら声の方へ近付く。
「だ、誰かいる……の？」
　そこにいたのは、見知らぬ少女だった。
（おいおい、こいつぁ俺の夢だろ？　俺はこんな奴は知らねえが……）
　内心そんなことを呟く宝良の前で、少女はしどろもどろに喋りだす。
「あ、あのあの、花咲里、瑞樹、って言います……けど、貴方は？」
「花咲里……か。俺ぁ仁科。……テメェの夢ん中で名乗るってのも妙な気分だな」
　花咲里瑞樹と名乗った少女と名乗りあう。
「……ッチ、にしてもわけのわかんねえことが続いて頭が回りゃしねえ。ヤニもいつものポケットに入ってねえし……ん？」
　そこで宝良は瑞樹の様子に気付いて喋るのをやめる。
（……怯えてんのか？　妙に……）
　そこまで考えて、あぁ、と思い当たった。
「……わりぃな、寝る直前まで仕事してたもんで疲れてんだ。時計の組み立てってのは肩も凝るしな」
「あ、いや、別に……。って、時計？　時計、作れるの？」
「とっとと起きてあいつも仕上げてやらねえと……あん？」
　時計、という単語に瑞樹が反応する。
　声も先程までよりどこか明るいものに聞こえた気がした。

　時計を作れる。
　その言葉に、瑞樹の心から宝良に対する怖いという感情が薄れた。
（私、不器用だから憧れちゃうな）
　時計を組み立てるのは、難しそうだが、楽しそうだ。
「なんだ、時計に興味があんのか。……なら、旧市街の俺の店に来な。テメェで言うのもなんだが、品揃えはいいつもりだ」
「わぁ、いいの？　……じゃない、いいんですか！」
　おいでと言われて、瑞樹は思わず嬉しくなる。
「っても、覚えてるにゃ透明の飴がいるとか言ってたな。どこにあるかもわかんねえが……探してみるか」
　宝良の言葉に、瑞樹は頷く。
（そうだ、行くには仁科さんのこと覚えておかないと）
　しかし、透明な夢飴というのは、どこにあるのだろう。
　とりあえず周りを探してみる。
　透明ということは、目に見えないのだろうか。
　気になる場所を触って確かめたり、光の加減で見えないかと立ち位置を移動してみたりする。
　しかし、見つからない。
　探しても見つからなくて、段々と悲しくなってきた。
　折角会えたのに、忘れたくないのに。
　泣きたくなんて、ないのに……。
「……ねえな。ま、仕方ねえ。同じ島に住んでんなら、その内会うこともあるだろ。……って何泣いて……ったくまいったな……」
　困り果てたような宝良の声を聞くと同時に、瑞樹の目から大粒の涙が零れ落ちる。
　それはころんと転がった。
「……？　おい、その足元にあんの……もしかして」
　宝良に言われて、瑞樹も足元を見る。
「……？　あっ……！　涙が……」
　溢れた涙の中に、透明な飴玉を見つけて、思わず瑞樹は泣き笑いしそうになる。
　透明な夢飴２粒を、宝良と瑞樹は、口の中に放り込む。
　願うのは、お互いに出会えたこと。
（私は、仁科さんと、会った）