らっかみさんらっかみさんお越しください！｜リアクション

らっかみさんらっかみさんお越しください！

●まだまだ答えてナツメ・マリアンヌ・ナシさん

『らつかみ』。
　桃川圭花の質問になりきれない質問に対して、ナツメははっきりと答えた。
　しかし佐藤良守はその答えを愚直に信じることも出来ず、ただどうしたら帰ってくれるだろうということで頭がいっぱいだ。
「君を帰すにはどうすればいい」
　志波高久がおもむろに口を開いた。真偽を問うのではなく、
「いいえ……か」
　先ほど名前をつけた時のやさしさとは違う、傷ついたような声。
　けしてつらいと喚き立てている訳ではない。
　屋根を伝ってぽつんと雨だれがこぼれ落ちたような、そんな傷だ。
　それは聞いている良守も傷ついてしまいそうな、そんな声でもあった。
「呼び出されるのは嫌か？」
　この質問の答えもいいえ。
　高久は「そうか」とだけ言って、また凛と立つ竹のように静かになってしまった。
「らっかみさん、何が欲しいのですか？」
　彼を引き継いで、良守は懸命に平静を装ってナツメに問いかける。
　安芸麦穂が遠くで身を乗り出したのが見えた。
(願いを叶えてやれば、大人しく帰ってくれるかもしれない……！)
　落ち着いた身体とは別に、内心はやはりガクガクと震えていたのだが。
　本当なら、本当なら、今すぐお帰り下さいと言い放ちたいくらいである。
(だが、一度、失敗しているから……！)
　ちらりと桜崎巴の横顔を覗き見た。
　今はじっと押し黙って――けれど虎視眈々と機会を窺っているようにも見える。
(無理だ)
　良守は深く頷いた。
　彼女のような人が失敗したのだ。自分が、怯えながらの自分が成功するはずがない。
　だから渋々、良守は願いを聞き出すことにしたのだ。
　ナツメの意志を宿した鉛筆がそろそろと動き出す。
　思いのほか、勢いのない動きである。
(も、もし「命」とか「体」とか「魂」とか言われたらどうしよう……)
　その動きをじっと見ていると、ふとそんな考えが思い浮かんだ。
(怪談とかホラー的にはアリだよな……)
　まさに、いまはホラー的で怪談っぽい状況だ。
(……)
　思考停止、からの復活。
(いいや、余計なことは考えるな、ここはなるべく情報を引き出して……)
　その時、悪霊が良守の視界の端に入ってくる。
(かかかか、影だ！　やられる)
　良守の肩がびくんと跳ね、思わず目をつむる。
　すかさず御剣刀が霊に光を当てた為、大事には至らなかったが――
「霊にはもっと丁寧に接するべきだ！」
「……気をつける」
　そんなやりとりを聞き終えて、ようやく良守は目を開ける。
　そして飛び込んできたのは『ひと』の二文字。
　新しく指し示された文字はその二文字だった。
(ややややややっぱり命が欲しいんだ……！）
　すぅっと良守の血が引いていくその横で、ずっと押し黙っていたこゆみがはっと顔を上げた。
「だったら私を……」
　パシンと小気味いいくらいの音が教室に木霊した。

　誰もが呆気にとられる中、宮祀智瑜はそれとはまた別のことを必死に考えていた。
(もしかすると……)
　今までの答えを何度も何度も反芻して、智瑜はひとつの答えに近づいていたのだ。
(何かをしたいんじゃなくて、して欲しいとか知ってほしい思いがあるような気が……)
　ううん、ここで決めつけたらいけない。
　智瑜は首を痛いくらい振って、もう一度最初からナツメの言葉を辿る。
(それともお礼を伝えに？　何かを知らせに？)
　智瑜の気持ちがどんどんとナツメへと傾いていく。
(あの影も仲間なんですよね。どうしてこんなに暴れているのでしょう)
　悪霊たちをも、智瑜は心配する。
　智瑜の柔らかい心は、らっかみさんの気持ちが不明瞭な状態をよしとしなかった。
　それは無意識なものだったのかもしれない。あるいは意識的なものかもしれない。
　けれどたしかに智瑜は力を発動した。
　無自覚に智瑜は人の想いを見る力を発動した。
『ずるいずるいずるい』
『私も名前が欲しい。違う私たちの名前を返して』
『らっかみさんになりたい』
『僕は僕だけど僕は誰でもなくて僕は僕にもなれなくて』
『あなたは誰。私は誰』
『思い出せない』
　智瑜自身は何が何かわからない。
　ただ流れこんでくる圧倒的な感情の質量に耐える為、ぐっと身体を丸め込んだ。