らっかみさんらっかみさんお越しください！｜リアクション

らっかみさんらっかみさんお越しください！

●らっかみさん

　場を改めるように、ジャンヌ・クローデルは佐藤良守と神辺こゆみを見据える。
「それで……一体ここで何があったの？」
　少し、教室から離れたところ――霧切翠子の力が影響する範囲に固まっている為、落ち着いて話すことが出来た。
「俺たちは、神辺に誘われて……『らっかみさん』をして、いたんだ」
　良守はまだ違和感の残る、けれどすっかりと自制のもとにある体にほっとしながら、ポツポツと語りだした。
　こゆみはというと、未だに夢現の境にあるような瞳をして虚空を眺めている。
　ジャンヌは良守が居心地の悪そうに身を縮めたのを視界に捉えて、すっと目を細めた。
　この事件の原因となったことを恥じているようにも、この空間――悪霊の跋扈する――自体が居心地が悪いというようにも、あるいは咎めるような外野の視線にたじろいだようにも見えた。
　けれどどれが理由であっても最後まで質問には答える。そんな強い意志が彼の瞳には篭っていた。
「始めたのは夕暮れ頃。一番最初にあなたはらっかみさんですか、と次に名前を尋ねた。
　ただその答えを確かめる前に、神辺が――それから俺も、鉛筆から手を放してしまって。
　気がついたら、今だ」
　良守は尋ねずとも、必要なことを簡潔に述べていく。
「そう、ありがとう」
　だからジャンヌもまずはこざっぱりとした礼を告げて、らっかみさんに使用した紙を覗きこんだ。

　紙が示したのは『し』と『な』。
　名前を尋ねたのであればそれが示すのが『なし』であると自ずと理解できる。
　旅鴉月詠はそれを『ナナシ』という名前であると判断し、椿美咲紀は『ナシ』という名前であると判断した。
　そして情報がひと通り整理されたところで、碓氷真理はぐんと進み出て、座り込むこゆみを見下ろした。
　ぼんやりとしたこゆみの瞳は、真理を映すことを拒んでいるようだった。
　そのすべてが真理は気に入らない。いや、許せない。
「貴様……自分が何をしたかわかってるのか？」
　こゆみの肩がぴくんと跳ねた。
「素人が半端な降霊術を使って……呼び出される神にも付随して呼び出された霊にも不敬だ！」
　怒りで身体を巡る血は、火がついたように熱かった。
　そして真理はその熱に身を任せ、こゆみの胸ぐらに手を伸ばす。
「っぁっう！」
　こゆみの身体は持ち上げられ、強引に立たされるような形になる。
　そこまでしてようやく彼女の瞳が周りの景色を、人々を映しこんだ。
　けれどまだ真理の中の怒りは静まらない。
　彼らはもしかすると静かに眠っていたのかもしれないのだ。
　その眠りを揺り起こし、呼び出し、悪霊と罵られ――許せるはずがない。
　真理の胸が、凍えるように震える。
「貴様を人身御供にして荒御霊を鎮めてもいいが……」
　人身御供という言葉にこゆみの唇は怯えた。
「まずは心から詫びろ」こゆみの胸ぐらを掴む手に力が入る。「信心篤いなら出来るだろう？」。
「出来ないなら……」
　即刻人身御供だ。
　真理が凄むと、
「ご、ごめん、なさい」
　カラカラに乾いた声がこゆみの口から這い出てきた。
　ただ最初が過ぎれば後は雪崩れるように溢れてくる。
「ただ、会いたくて。らっかみさんにどうしても会いたくて……」
　すすり泣き、再びこゆみは座り込んだ。
「お願い、します。私、らっかみさんにきちんと謝りたいの」
　頭を地面にこすりつけるように垂らし、こゆみは頼み込んだ。
　だから『らっかみさん』を続けさせて欲しい、と。
「ふん」
　真理は踵を返し、翠子の聖域から出て行く。
　好きにしろと背中が言った。
「……ありがとう、」
「本来ならどうすりゃ終わらせられる筈だったのか」
　ふたりのやりとりが落ち着いたところで桜崎巴が口をはさんだ。
　こゆみが慌てて説明をすると「なるほどね」とだけ言って、それ以上は何も言わなかった。