星ヶ丘教会のお茶会｜リアクション

星ヶ丘教会のお茶会

蔦薔薇の館

　星ヶ丘駅から北へ。青々と茂る葉桜の影を踏みながら坂を上って行くと、星ヶ丘教会の門扉が現れる。
　幼い頃から通いなれたその道を、上気した頬で行くのは十文字若菜だ。
　開け放たれた門には本日のイベントを案内する木製の看板が揺れている。
『星ヶ丘教会のお茶会へようこそ』
　門扉を潜り、迷いのない足取りで十文字は礼拝堂へと向かう。
　休日には珍しく、礼拝堂の中には誰も居なかった。
　しん、と静まり返った室内の空気は、やはりその外とは別物のようで、十文字はいつも息を飲む。
　正面の祭壇に投げかけられる色とりどりの光が、その特別な空気を強くしているように思える。
　夏の日差しを柔らかくゆるめて、壮麗なステンドグラスが祭壇を中心とした礼拝堂に光を導き入れていた。
「……きれい」　
　十文字はそのきらめきに目を奪われてじっとステンドグラスに見入る。
　何度見ても、いつ見ても、慣れることがない。いつだって、星ヶ丘教会のこのステンドグラスは十文字の目を奪う。
　やさしいシスター達や、教会に出入りする親切な人達の事ももちろんだが、彼女がこの教会を大好きになった一番初めのきっかけは、このステンドグラスだったかもしれない。

　しばし時を忘れてステンドグラスに見入っていた十文字だったが、はっと我に返る。
「いけない、シスター達のお手伝いをしなきゃっ」
　大好きな礼拝堂に、ほんの少しの寄り道のつもりだったが、気が付けばずいぶん長居していたように思う。
　あわてて、お茶会の準備をしている隣接の蔓薔薇の館へ駆け出していった。

「一体、どんな方が来て下さるかしら」
　おっとりと微笑むのは星ヶ丘教会の新米シスター、ゼシカ・ホーエンハイム。
　普段は下宿人たちや、ふらりと訪れる友人達に食事を提供する食堂に、朝から甘く幸せな香りが漂っている。
　焼き上がりを知らせるベルにオーブンをあければ、熱気と共に香辛料の利いた蜂蜜の柔らかな甘い香りが広がっていく。
「まぁ、良い焼き色ですわ」
　嬉しそうにミトンをはめた両手でオーブンプレートを引き出し、焼きあがった平たい焼き菓子に目を細める。
　ケーキクーラーに焼きあがったばかりの菓子――レープクーヘンを並べていく。
「シスター・ゼシカ、いらっしゃいますか？」
「あら、Guten tag,若菜さん」
「こんにちは。何かお手伝いできないかと思って」
　教会の行事に何度も参加している十文字が、微笑みながらキッチンへ入る。
「わぁ、レープクーヘン！　アーモンドシュトレンも！」
　シスター・ゼシカの手作り菓子は、星ヶ丘教会のひそかな魅力だ。ドイツ菓子を中心に、季節の果物や香辛料をふんだんに使ったずっしりとしたケーキや、子供に人気の可愛らしい型抜きクッキー、お土産に人気のカップケーキ等々、手の込んだものから素朴なものまで彼女のレパートリーは幅広い。
　当然、子供の頃から教会に慣れ親しんだ十文字にとって、目の前に広がるゼシカ作のお菓子の山が、どれだけ本日のお客様方を蕩けさせるかを予想するのは簡単なことだった。
　参加者全員、メロメロまちがいなしだ。
「今日はザッハトルテやシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテもご用意したんですの。皆様にお会いできるのが楽しみで、少々張り切ってしまいましたわ」
　楽し気なゼシカの声に、十文字が笑顔になる。
「ふふっ……若菜さん、少し、味見しますか？」
「！　や、私……シスター達を手伝おうと思って」
　いたずらっぽく焼きあがったばかりの菓子を勧めるゼシカに。赤くなって十文字が首をふる。
「あら、味見も立派なお手伝いですわ。ご一緒して下さいな」
　再度勧められては、十文字に断る術はなかった。
「……いただきます」
　頷けば、ゼシカは嬉しそうに微笑んで、いくつもの菓子を勧め、感想をねだるのだった。

　
　　

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