星ヶ丘教会のお茶会｜リアクション

星ヶ丘教会のお茶会

　庭園の奥には、捕食者いや、後木真央がいた。
「ふわふわなのだ！　もふもふなのだ！　可愛くて美味しそうなのだー！！」
　小声で叫ぶ、という器用な真似をする視線の先にはどこから迷い込んだのか白兎がのんびり寝そべっている。
「ウサギなのだ！　可愛くて美味しそうなのだ鳥並みの完全生物なのだ」
　ぎらぎらと輝く目で白兎を見つめる後木。その手にはサンドイッチとチョコレートのタルトが握られている。
「食キング修行の機会がこんなところに転がっているとは侮れないのだ星ヶ丘！」
　彼女はお茶会に出されている全ての飲み物、食べ物の完全制覇を目指して庭園の奥へと足を進めていたのだ。
　その先に見つけた完全生物（？）白兎。手に持った食べ物をもしゃもしゃ食べながら後木が近寄っていく。
　後木のただならぬ雰囲気に気がついたのか、寝そべっていた白兎の耳がピクリと動く。
「ふふふふふ、逃がさないのだ」
　ぺろりと、指についたチョコレートを舐めとり、手持ちの食べ物をしっかり完食した後木がわきわきと手を広げて兎に迫る。
　捕食者に気がついた白兎が強く地面を蹴ってジャンプする。
「待つのだ完全生物ー！」
　驚異的な反射神経で飛び上がった兎を後木が両手で抱きしめ捕獲した。
「ふわもこなのだばぶぅ！？」
　喜んで白兎に頬ずりする後木。しかしどこかおかしい。
「ばぶぅってなんなのだばぶぅ？」
「……真央ちゃん？」
　そこに後木を探して宇佐見がやって来た。
「あーもっちゃんセンパイなのだばぶぅー」
「え、ばぶぅってどうしたの真央ちゃん……」
　探していた陸上部の後輩を見つけたは良いものの、明らかに何かがおかしい。
「わかやないのだぶぅー、ふわもこおいちしょうだったのらばぶぅー？」
　舌足らずにばぶばぶ言う後輩に宇佐見は固まる。
　何がなにやら、である。
「え、おいしそうって、その兎？」
　後木の言わんとすることを理解した宇佐見が白兎を指差す。
「そうなのだってうわぁなのだー」
　とたんに、不服そうな兎がじたばたと暴れ、捕食者もとい後木の腕から抜け出し、ぴょこぴょこと逃げていった。
「あ、戻ったのだ恐ろしいトラップだったのだー」
　なぞの赤ちゃん言葉状態が解除されたが、後木は悔しそうにこぶしを握る。
「ぐぅ……食キングとしては許しがたいのだふわもこ完全生物食べ損ねたのだー」
　どうやら本気で捕食するつもりだったらしい。
「えっと、真央ちゃんお腹空いてるなら向こうにお菓子とかサンドイッチとかいっぱいあるし、俺が持ってきたソルベもあるから……」
　平和な午後のお茶会が阿鼻叫喚の兎狩り祭りに豹変しないよう、宇佐見が一生懸命後木を誘う。
「もっちゃんセンパイのお菓子なのだ！？」
　それはまだ食べていない。恨めしげに兎の去った茂みを見つめ続けていた後木が、勢い良く振り返る。
「あ、あぁ、良かったら一緒に……」
　食べないか、と誘おうとして、宇佐見は何だが胸が苦しくなった。
（あれ、これなんか……）
　今更ながら、デートへの誘いに類似した言動であることに気がついたようだ。
「食べるのだー！　食キング修行なのだもっちゃんセンパイ料理参加してたのは知らなかったのだ楽しみなのだー！！」
　ターゲットを兎から宇佐見のソルベに切り替えた後木が元気よく手を挙げた。
「お、おう。じゃぁ行こうか」
「わーいなのだ！」
　後木の勢いに胸の苦しさは消し飛ばされてしまったようで、微笑ましそうに眉を下げた宇佐見は、飛び跳ねるように会場の中心へと戻って行く後木の後を追って歩き出した。
「もっちゃんセンパイはやくなのだー」
（あれ？）
　振り返ってせかす後輩の姿に、やっぱりちょっと胸の辺りが苦しくなる先輩だった。　