星ヶ丘教会のお茶会｜リアクション

星ヶ丘教会のお茶会

「わぁ、素敵な雰囲気ですね」
　夏らしいスカイブルーのワンピースを身に着けた御陵春哉がきらきらと顔を輝かせる。
「誘って下さってありがとうございました」
　にこにこと見つめる先は、バイト先のメイド喫茶「ねこのて」先輩メイドの桧垣万里だ。
「はるさんと一緒にこれて嬉しいわ」
　メイド喫茶の外だというのに、桧垣はばっちりメイド服で決めている。
蔓バラのアーチや古典的西洋建築で作られた教会の雰囲気と相まって、まるで本物のメイドの様だ。
「･･････私もメイド服着てきた方が良かったですか？」
　純粋に楽しみにも来ているが、お茶のお勉強会も兼ねている。
「気にしないで、私が気合い入れて来たかっただけだから」
　ふふんっ、と胸をはる桧垣。
「気合いなら、私も負けませんよ！」
「じゃぁ、さっそく･･････見て回りましょうか」
「はい！」
　メイドコンビがご機嫌で庭園を行く。

　庭園に澄んだ歌声が響く。
　不純物のない湧き水のように透明な歌声は雨宮煽のものだ。
「素晴らしいな」
　煽の歌声に目を細めるのは八神修。向かいには同じ部活に所属する椿美咲紀が座っている。夏の午後、吹く風は爽やかな潮の香りと咲き誇る夏花の豊かな芳香が混じり、なんとも体の芯をとろけさせる。
「天使の歌声ですね、八神ぶちょー」
　うっとりと目を伏せた椿が感嘆のため息をつく。
「賛美歌第二編百六十七番･･････アメイジング・グレイスだな」
　英語の歌詞が慈雨のごとく教会の庭に響いていく。
「――Than when we'd first begun」
　歌い上げられた残響が空に吸い込まれる。一拍をおいてわっと拍手が鳴り響いた。
「素晴らしい歌をありがとうございます」
　深く一礼した雨宮に胸の前で手を組んだゼシカが声をかける。
「いらして下さった皆様も主も、お喜びですわ」
　ほんのりと頬を上気させたゼシカの心からの賛辞と暖かい拍手に雨宮の目元がわずかに細められる。
「･･････喜んで頂けたなら、嬉しいわ」
　ぎこちない微笑みに、ゼシカはにっこりと微笑み返すとそっとその腕に手を添えた。
「今度は私たちの番ですわ。お茶やお菓子を色々とご用意していますのよ。楽しんで下さいね」
　さりげなく庭園の中央、歓談のためのテーブルが並ぶ方へと雨宮を誘導する。
「ええ･･････ありがとう、シスター」
　雨宮が一つのテーブルに着くと、近隣のテーブルから会釈や手を振る挨拶が送られる。雨宮は薄く微笑んで目礼を返す。
「煽さん、飲み物はいかがですか？」
「そうね、アイスティーを頂けるかしら」
　ゼシカは一つ頷くと、庭園のあちこちに設置してある長テーブルにクロスをかけた簡易の配膳台に下がり、牡丹雪のように細かいフラッペが沢山積められたぽってりと丸みを帯びた背の高いグラスを持って戻ってきた。
「どうぞ喉を潤して下さい」
「ダンケシェーン」
　思わずドイツ語で礼を言った雨宮にゼシカは瞬く。
「ビッテ」
　ウィーン訛とは少し違う。けれど日本語とはまた別に耳に染み着いた響きが、自分の心に優しく広がった事に、雨宮は驚く。

　神に愛を捧げ、歌を歌っていた。神に愛されるために美しく歌うことが、雨宮にはどうしても必要なことだった。
　音楽の都に居た頃、栄えある舞台で彼女は何度も歌を歌っていた。
　その歌声を損ねないように、損ねる危険性を排除するための生活を繰り返していた。
（あの頃とは･･････違う･･････）
　夏の午後、日差しの下で歌うことなど、あの頃は考えられなかった。
　するりと喉を滑るアイスティーのすっきりとした味わい。果物の優しい甘さはふわりと鼻に抜け、雨宮の強ばりを解く。
「･･････甘い」
　彼女の白い頬に小さく赤みが差した。

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