●裏切り者たち●


【体育館２Ｆ北側・キャットウォーク】

　２年１０組の学級委員、楪 櫻の今日は、さんざんだった。測量部の傭兵、あの夜榊 水月に下着の晒を奪われてしまった彼女は現在、さらに体育館の２階・キャットウォークにまでこうして追い詰められている。
「お前達、そこへなおれ！　その根性、端から叩き直してやる！」
　威勢だけは素敵な櫻だったが、今の彼女は丸腰なのである。メジャーを武器にシャーシャーと迫る測量部員に対しては、圧倒的に不利な状況だ。
「馬鹿馬鹿しい、私のものを計ってどうする？　大して面白くもないだろうに」
　櫻の失敗の原因は、この体育館で竹刀や木刀を探すことに、固執してしまったことにある。抜刀術の心得のある彼女は、用具倉庫あたりに竹刀の一つや二つ、転がってるだろうと高を括っていたのだったが、そのような武器は結局、体育館内には見つからなかった。
　竹刀を探したいならまず真っ先に武道場に走れば、簡単に入手できたかもしれない。
　あるいは、あの伊藤 佳奈や薄野 五月たちのように、ラケットなどのスポーツ用具を代用品として利用してもよかった。そこまで臨機応変な対応ができなかったのが、今日の彼女の敗因だろう。
「く、くそう……無念だ」
　もはやこれまで、と観念する櫻だったが、
「む、あかん！　早速測量部の魔の手にかかりそうな女子を発見じゃ！」
　そこにキャットウォークの反対側から、同じ２年生の保健委員、北美浜 薫子が走り寄ってきた！
「あぶなーい！」
　キャッ、と全身でタックルを（櫻に）ぶちかまして、（櫻の）胸を鷲づかみにする薫子。
「測量部め！　わりゃ〜、なんて素敵ｎ……ゴフン、
　もとい……けしからん集団なんじゃ！（もみもみ）」
「なっ、ちょ、やっ……やめ…………！？」
「し、しまったシャー！？　このように胸を背後から鷲づかみにされては、
　正確を旨とする我々測量部も、正しい測量ができないんだシャー」
「ウヘヘヘヘ……（ニター）、どうじゃー測量部め（もみもみ）
　乙女の清らかなバストは、このうちが守っちゃるでー（もみもみ）
　そーりゃ、ろっこん【お取り寄せ】！　（あと、もみもみもみ）」
「ワーーなぞの能力で、メジャーを奪われてしまったんだシャー。
　くそーう、ここはひとまず退散だ。憶えてるんだシャー！」
　アポート系の能力で取り寄せたメジャーを、ぽいぽい手すりから放り捨て、薫子がキリッとこちらに向き直った。


　　激突、楪 櫻ＶＳ北美浜 薫子。


「ふぅ、危なかったのぅ（もみもみ）　大丈夫じゃったか？（もみもみもみ）」
「ばっ、お前……さっきからいきなり何を、よっ、よせ……ああっ！」
「なに、お礼なんていらんよ。同じ女子として当然の事をしたまでじゃで（キリッ！）
　むっ、しかしさっきから感じるこのやおい（←やわらかい）感触……、
　もしやこの娘……付けちょらん、付けちょらんな！　ウッヒョー（わきわきもみもみ）」
「やっ、そこは……さわっ……いやああああ！」
「ブベラッ！？」
　真横からぶち当たったバレーボールに吹っ飛ばされ、窓ガラスを突き破って、薫子が外に落ちていった。何かものすごい音がしたが、まあ問題ないだろう。
「だ、だいじょうぶー？　ですかあー？」
　体育館の反対側、南側のキャットウォークから身を乗り出し、常盤 四月が大声でこちらに呼びかけていた。その四月の傍らにあるのは、バレーボールのカゴ。四月はこのボールで薫子を狙い撃ちにして、楪櫻の危ういピンチを助けたのだった。
「すまん……お、恐ろしい敵だった……」
　へなへなと脱力して、その場に座り込む櫻。バストサイズこそ測られなかったが、何か乙女の大切なものを失った気がする……。こうして楪櫻の１日は、不本意な結果に終わったのだった。


【体育館２Ｆ東側・トレーニングエリア】

　２階のトレーニングエリアには、身を隠せる物陰がたくさんある。そのうちの１つ、腹筋台の下に白浜 渚は、縮こまって隠れていた。
（こ、こうして身を潜めてじっとしていれば、そのうちこの騒ぎも終わるはずです……）
　人見知りが激しく、親しくない人が近くに居るだけですぐに隠れてしまう彼女にとって、今回の測量部の襲撃は悪夢ふたたび、だ。ズギャ・ドギャーーーーンなバストをお持ちの渚が、去年いかなる目に遭ったのか、この場では思い出したくもない記憶だ。
　そんな渚が、ぎゅっとしっかりワキを固めて、その豊かな胸を両手で防御していると、１人分の足音がこちらに近付いてきた。
（ままま、まさか……測量部の方？）
「オーッホッホッホ！　ついに見つけましたわ！」
　トラディショナルな高笑いでこちらをのぞき込む人物に、
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアア！！」
　負けじと超弩級の悲鳴を上げる白浜渚。
「おち、落ち着きなさいませ！　私は女子。ほら、味方ですのよ」
　あわててそう言い直したのは、やはり渚と同じ２年生、財前 華蓮だった。
「で、ですが今……『ついに見つけました』と確かにそう。いったい、何を？」
「それはもちろん、憎きＤ以……ゲフン、
　そうですわね……見つけたのはそうさしずめ、私という名の孤高の華かしら！（キリッ）」
　何だかよく分からない。１人芝居の練習でも、していたのだろうか。
　しかし、それ以上詮索しているヒマは無かった。体育館中に響いたさっきの渚の悲鳴で、わらわらと測量部員が、このトレーニングエリアに集まってきてしまったのだから！
「むっ、危機に瀕している女子がそこに！？　今助けに行くぞ、待っていろ！」
　そこにダッシュで駆けつけたのは、１年４組の浮舟 久雨である。
　ダンベルをぶちまけ慌てる財前華蓮と、そのダンベルにすっ転ぶほどの運動音痴っぷりを発揮する白浜渚を背中に守り、すばやく周囲の状況を観察する久雨。
　わらわらと大量に近付いてくる測量部相手に、戦闘能力の無さそうな女子２名を守り抜かなければならない。この困難な状況に、久雨のろっこん【浮かぶ瀬は瞬刻にして】がフル稼働する。
　その場の情報や状況を基に、最も適した行動を閃く能力──トレーニング機材を見て、久雨の次の一手が思い浮かんだ。そう、あのベンチプレスのバーベルを床に転がせば、ボーリングのピンのように測量部員などは全員イチコロだ！
「思い知るがいい、貴様たちが重ねた悪行の報いを！」
　ふんむっ。……バーベルは、久雨の筋力では持ち上がらなかった。ろっこんで何かアイデアが浮かんでも、それが本人に可能かどうかは、また別の話らしい。
「オーッホッホッホ！　巨乳は死すべし、ですわー！！」
　そして両脇が空いたその久雨を突如、背後から財前華蓮が羽交い締めにした！？
「測量部員の皆さん！　この私が押さえつけている、今がバスト測定のチャンスですわよ！」
　これは……裏切り者だ！　女子から（また？）裏切り者が出た！
「な……んだと？」
　自分が守るべき女子から突然の裏切りに遭い、愕然とする浮舟久雨。
「き、貴様っ！　いったい、どういうつもりだ！？」
「オーッホッホッホ！　私、巨乳には個人的な恨みがありますのよ。
　ちょうどいい機会ですわ、測定されて恥ずかしい目に遭いなさい！」
　そう、この財前華蓮……Ｄカップ以上の巨乳にはもれなく敵対的になるという、独自ルールで行動している女子だったのだ！　自分のサイズに今ひとつ自信がない財前の、その華蓮スコープの見積もりに間違いはなく、この久雨もＤカップ以上の巨乳の持ち主ッ！
「くっ、離せ！　はなっ……ひっ！」
　ろっこん【浮かぶ瀬は瞬刻にして】で、この絶体絶命の状況を何とか打開しようとする久雨だったが……とくにもう何も思い付かなかった。最後に彼女に出来たのは、せめて大げさに悲鳴を上げて、守ろうとした女子を逃がす隙を、稼ぎ出すことだけ。
「やめろ……！　い、いやだ！　うわあぁ……！」
　白浜渚が逃げていくのを、視界の隅で確認しながら、彼女は最後の断末魔の悲鳴を上げるのだった。


　　浮舟 久雨：バスト90cm（Ｆカップ）