【終業式】輝かしきピリオドを――夏休みを求めて！｜リアクション

【終業式】輝かしきピリオドを――夏休みを求めて！

●シトラス・ガムダンは言いました

　時間は、終業式が始まる少し前の事。
　マウル・赤城・スティックは、講堂に体が半分ばかり隠れる大型のリュックを持ち込もうとして、担任の浅井幸太に呼び止められていた。
「赤城、こんな所にまで、そのリュック持って来たのか？」
「あ、はい。俺、美化委員ですし。美しい心は、美しい校舎から。寝子高を綺麗にしましょう！　……美化委員の合言葉です」
　力強く、マウルは断言する。
　小柄な浅井は、１８９センチという長身に見下ろされ、逆に生徒に見えた。
　しかし、そこは教師。マウルの迫力にも負ける事なく、難しい顔をして顎に手をあてがう。
「ああ、いつも綺麗にしてくれて、本当にありがとう。助かっている……が、何も終業式にまで、掃除道具を持ち込む事はないだろう？」
　浅井の言葉に、マウルはやっぱり駄目か、と内心呟く。
　実は彼の所持するリュックには、掃除道具と一緒に、マウルのろっこんの発動条件であるブーメランも仕込んであった。
　以前、ブーメランを所持していなかったせいで、肝心な時にろっこんが使えなかったという経験から、マウルは掃除用具をカモフラージュにブーメランを持ち歩くように、心がけていたのだ。
「式の間、それは俺が預かっておくから」
　浅井がリュックに向けて、手を伸ばした。
　マウルは少し躊躇したものの、素直にそれを浅井に渡す事にした。
　ここで粘って、教師の心象を悪くするのも、何だ。
（終業式の間だけの話だもんな……何事も起こらなければいいが）
　割り当てられた席に向かいながら、マウルは考えた。

（眠いけど……この後のスピーチを任されちゃったから、起きてないと……）
　講堂の椅子に座り、夢宮瑠奈はあくびを噛み殺しながら、ぼうっとなる頭の芯に喝を入れようと、むりやり瞬きを繰り返す。
　がまんがまん！
　退屈なのは自分だけじゃないのだ。先生も皆も、校長に注目している。

＼　哲学者シトラス・ガムダンは言いました、終わらせる事こそが次への始まりだと　／

（でも……校長先生の話、長すぎてねむぅい……）
　何度目のシトラス・ガムダンだろうか。うとうとしながら、瑠奈は尚も、自然な欲求に抵抗を試みる。
　しきりに指を組み替え、時にはマッサージで刺激を与える。
（確かに校長先生のお話は、長いけれど、入学式の時もそうだったもんねぇ……）
　細く長い息を吐いて、瑠奈は眠たげな目で天井の片隅を見上げ、春の日を思い返す。

　そういえばあの時はあたし、なんかの出っ張りに蹴躓いて転んだりしてたよねぇ。なんて、可愛らしい失敗もついでに思い出して。
　期待や不安で一杯の胸を抱えて、桜で一杯の門を潜ってから、数ヶ月。
　季節は移り、風はすっかり夏の薫り。真新しい制服も肌に馴染んだ。

　爆睡している、野々ののこに瑠奈は目を細める。
　ガチ寝に入った彼女は、ご丁寧に鼻ちょうちんまでこさえているが、ののこのクラスの担任の五十嵐尚輝はそれに気付いているのかいないのか、特に注意に来る様子もなく、ぼーっとしている。

（入学式の日、ののちゃんに目が行ったんだったよね。あの時は、普通の子だと思ってたんだけど……。

　あれ、そういえばいつからなんだろう？　あの子を特別だって思い始めたの。
　テオが何度もそう言うから、そう思い始めたんだっけ？

　ののちゃんの元いた、神様の世界かぁ。どんななんだろ――？）

　元々ロマンチストの瑠奈。
　同じ話を繰り返すだけの、校長の姿を瞼を閉じて追いやり、空想の世界に足を踏み出す。
　すう、と瑠奈が息を吸う。
　やがてかくりと首が垂れて、頬に掛かった柔らかな髪が、瑠奈の表情を隠して彼女は夢の世界に旅立った。

　そして。
「クローネさんだわ！」
　突如、乱入してきたカラスの姿に、大天使天吏は周囲の目も省みず、スカートを揺らして立ち上がったのだった。

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