マダム千代子と永遠のブルー｜リアクション

マダム千代子と永遠のブルー

●Raton

　寝子高のほど近くにある洋菓子店『Raton』は、オーナーパティシエ・荒井景貴の確かな腕と、暖かい人柄が人気を呼んで、寝子島の繁盛店となりつつあった。
　その景貴も、以前食事会や縁あって千代子の容態を聞き、気に掛けていた一人。誘いの電話を受けた時は驚いたものの、出来る限りのもてなしをしようと、Ratonの一画をパーティ会場として提供したのだった。

「いらっしゃいませ……マダム」
　Ratonを訪れた一行を、ベビーピンクに白いフリルのエプロンドレスを纏った、宮島メグの柔らかな笑顔が出迎える。
　景貴の従妹のメグは、マダムに楽しい思い出を作るお手伝いをしたいね、と率先して給仕に駆けつけた。
　ダークブラウンを基調とした落ち着いた雰囲気の店内で、その姿は花のようで千代子を喜ばせた。

「僕の店にようこそ。さあ、お席にどうぞ」
　気恥ずかしいような、誇らしいような気持ちで、景貴が青い薔薇の造花で飾られたテーブルを示す。
「こんばんは、マダム！
　薔薇は荒井さんにお願いして、私がゴローさんと一緒に作ったお花を飾らせてもらったんですよ♪」
「ゴローと、まあ……！」
　普堂しおりが「これもゴローさんから」と、一枚のカードを差し出す。
　カードには『ママ、だいすき』と、簡潔な言葉が書かれていた。
「ゴローさん、字綺麗ですね」
　千代子は目の端を、指で拭う。
「……ありがとう。あの子、何も助けになれない私を、うとましく思っていたのでしょうに……。
　事故で心を病んでも、どこかで私を覚えているのね」
　しおりは垣間見えた親子の関係と、重病の千代子を気遣い、真実を伏せたままの周囲の気遣いに複雑な想いがした。
　しおりと同じように、後木真央も何とも言えぬ想いが、心の中でわだかまっていた。
　ゴローの罪は重い。
　真央が千代子が好きで同情するように、ゴローの被害者達に同情し、母親の千代子に償いを求める人が居るかもしれない。
（ヒトには願う自由があるから、それを真央ちゃんは止められない……けど）
　皆は真央が考える以上に、千代子に優しい。
　ありがたくもあり、怖くもあった。

「店の入り口で立ち話もなんですから、席へ行きましょう」
　東京から戻ってきた八神修は、真央の肩をそっと叩くと、千代子を青い薔薇へ案内した。
「ありがとう、修くん。
　今日は、いつも一緒の真央ちゃんしか見えなかったから、来られないのかと思っていましたわ」
　若干寂しさを滲ませて、千代子は言った。
「実は東京に行く用事がありまして……」
「あら、ごめんなさい。お忙しかったのね」
「いえ、手術が決まったそうですね。病気を治すのは本人です。
　千代子さんの気力が一番大事です、治る、治そうと言う意思を強く持ってください。そうすれば……」
　修は言葉を切って、白い紙の包みを出した。中に入っていたのは、お守りだ。
「これはその後押しです、五條天神社で買ってきました」
「このために、わざわざ東京まで？」
「俺と友人の健康報告とお礼も兼ねて、手術の成功を祈ってきました。
　ここの神社では、二柱の医療祖神が祀られています。実は、菅原道真の相殿もあるんですよ」
　パチリとウィンクをする修に、千代子は改めて礼を述べた。

「アリーセちゃん、貴女も来てくださったのね」
　席を引いて待つのは、クラシカルな黒いワンピースを着た、どこか神秘的な雰囲気の漂う少女。
「はい、お久しぶりです……本当に千代子さん、なのよね？」
　驚きのあまり、吸い込まれそうな大きな瞳を見開く黒依アリーセに、千代子は笑って頷いた。
　移動に車椅子か杖が必要だった老婆を、アリーセは今、立ったまま見上げている。
　予め聞いていても、どうして？　という疑問が頭をもたげるが、アリーセは静かに首を振った。
　愚問ね、『きっと神魂のせい』。

　そう。
　なら今は――。

「千代子さん、荒井さんや私達で、力を合わせてセッティングしました。
　神様がくれたプレゼント、今日はうんと楽しみましょう」
　景貴がアリーセの言葉を、後押しする。
「チョコがお好きなんでしたよね。当店にはチョコムースケーキ、ホワイトチョコケーキ、ガトーショコラ、にくきゅうマカロン、チョコチップマフィン……どれでも、お好きな物をどうぞ♪
　しおりさんも、色々作ってくれてますよ」
　急に景貴に話を振られ、しおりも我に返る。
「うん、頑張って仕上げます！」

　毒島林檎が全部いただこう、と間髪いれずに発言し、皆を驚かせたり納得させたりしたのは、ここだけの話である。

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マダム千代子と永遠のブルー

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