マダム千代子と永遠のブルー｜リアクション

マダム千代子と永遠のブルー

●落日

　シーサイドタウンに移動した一行は、評判のジェラートを買い求めて観覧車へ。
　１５分間の空の散歩へと洒落込んだ。
「マダムはチョコですか？」
　６人乗りゴンドラで向かい合わせに座った藤音鈴桜の眼差しに、千代子は頷く。
「ええ、鈴桜ちゃんは、オレンジかしら？」
「はい、噂どおり美味しいですね」
　瑞々しい果実に、そのまま齧りつくかのようなその味に、ご機嫌の鈴桜だが、ふと小首を傾げた。
「両方一緒に食べたら、オレンジチョコレートの味がするのかしら？」
「気になるなら」
　唐突に鈴桜の前に、チョコジェラートが差し出された。
「僕のも食べてみるかい？」
　鈴桜を見つめるのは、音羽紫鶴だった。
　鈴桜は俯き、結局それを辞退した。
「ふ～ん、そう……あ、見て。夕闇に染まる寝子島も、なかなかに美しいね」
　何も無かったように、ゴンドラの外へ目を向ける紫鶴の視線を追って、鈴桜もしばし外の景色に見蕩れる。
「君もこの光景が好きなのか、鈴桜？」
　紫鶴が尋ねる。
「ええ、高い所から観る寝子島の景色と海、好きよ」
　そうか、と頷く紫鶴の横顔に、気に入って貰えるといいのだけれど……と鈴桜は思った。
「マダムもお気に召しましたか？」
　尋ねる声が被って、二人は顔を見合わせた。
「勿論よ。素敵な案内を、ありがとう」
　小さなカップルを見つめて、千代子は母の顔で微笑んだ。

　観覧車が周回を終え、紫鶴は先にゴンドラを降りると千代子の手を取って、一日をこう締めくくった。
「マダム、今日は貴方と素敵な一日が過ごせて、大変楽しかったです」
「こちらこそ、お会い出来て嬉しゅうございましたわ」
「またいずれ、今日のような素敵な一日を、皆で共に過ごしましょう」
　それはきっと、楽しいに違いない。

「遅いから、二人とも気をつけて帰れよ」
　毒島林檎の声に、カップルは一度振り返って頭を下げると、家路についた。

　別れ際、迎えの車から降りた鈴桜に
「鈴桜、待って」
　紫鶴は華奢な腕を掴むと、手の甲にキスを落とした。
「っ！？！？」
「今日はありがとう、許嫁さん……って、何さ、その顔？」
　突然の事に、鈴桜は耳まで真っ赤に染まっている。
　お嬢様の鈴桜、こんな挨拶は慣れているはずなのに……暴れまわる心臓の動悸が収まらない。
（そう言えば、紫鶴にされたのは初めて……）
　動揺を悟られまいと、鈴桜は必死に平静を装った。
「こっ、こちらこそっ！」
「鈴桜、顔が赤いよ？」
「ゆ、夕陽のせいよっ！」
　涙目になりながら虚勢を張れば、許婚は思わず笑いながら言う。
「じゃあ、そういう事にしておこう」
「なんなのもう、からかわないで」
　プイとそっぽを向けば、紫鶴もそれ以上は追及をやめて。
　立ち去った後は、寂しいような、ホッとした様な……内心複雑な鈴桜なのだった。

　一方、星ヶ丘の自宅に帰って来た紫鶴は、今日の出来事を思い起こして、溢れてくる笑みを抑えきれなかった。
「７８歳だって……？　あれが、神魂の力なんだ」

　僕もこんな面白い能力を授かったしね、紫鶴は右足で床を三回叩く。
　突如、紫鶴の背中に鮮やかな白と黒のコントラストを描いた、鳥の翼が現れた。

　これこそが、紫鶴のろっこん【雲中白鶴】。
　大きく張った翼は、紫鶴が望めば、飛行する事も出来るだろう。

「本当にここだと、退屈しなくてすみそうだ」
　誰憚る事無く、紫鶴は笑った。