縁の幻路｜リアクション

縁の幻路

　目に見える全てを救う事は出来なくとも、手の届く範囲のものは救いたいと願う。それは、間違っていないと信じている。けれど他人の心の闇に触れる者は、相応の負担を強いられる。不用意に手を出すべきではないと、親友に話した事がある。関わる以上は覚悟が要るのだ、と。
　八神修は、足早に縁の幻路の大通りを歩くと、図書館と書かれた建物の中に吸い込まれるように入った。唐突に不思議な世界に引き込まれた事自体は少々驚いたが、これも一種の縁だと思った。広い館内は見上げるほど大きな本棚が立ち並んでおり、どれもギッシリと本が詰まっている。迷路のように入り組んだ館内は外観からは想像もできないほど広く、世界中のありとあらゆる『本』が揃っているように思う。ここでなら、修の求める情報がある、そう確信した。
　御陵優妃とその兄である御陵王輝の間に流れる負の感情、優妃に内在する言い知れない危険。初めて出会った時、優妃はどこまでも臆病で純粋な女の子だった。けれど他人と関わるようになり、彼女の中の闇が活性化されてきている。このまま見過ごせば、きっと彼女の闇は濃くなり続けるだろう。その先に、幸せが待っているとは考え難い。
　もしも彼女が『壊れて』しまったら、修は傷付くだろう。そして自分以上に深雪が傷付く事は、目に見えている。異変を感じながらも、何も出来なかった自分を責め続け、自責の念に潰されてしまうだろう。人の痛みを自分の痛みとする優しさは長所だと思うが、同時に短所でもある。優しすぎる人は、傷付きやすい。深雪が傷付くと分かっていながら、見過ごす事はできなかった。そんな結末は、誰も望まないはずだ。きっと、優妃も……。
　どうすればいい？　どうすれば助けられる？　普通の心理学の書物ではわからない。だからこそ、今この場所での情報を頼りにしなければ。けれど本はあまりにも膨大で、急く気が手先を滑らせる。指先に引っかかった数冊の本が音を立てて足元に落ち、静寂に沈んだ図書館に異音が響いた。
「大丈夫ですか？」
　穏やかに声をかけながら、招が落ちた本を拾う。
「すみません……」
　丁寧にお礼を言って本を受け取り、元通りに本棚に戻す。装丁のしっかりした本は、どこも傷んでいなかった。
「先ほどから本をお探しのようですが、もし宜しければお手伝いしましょうか？　これだけ広い図書館です、一人で探すよりは二人で探した方が早く見つかるでしょう」
「ありがとうございます。でも、具体的に何の本を探しているのか、俺にも分からないんです」
　修の言葉に、招が困ったように首を傾げる。修は細部を曖昧に暈しながら、掻い摘んで優妃と王輝の状況を説明し、彼女を助ける手助けになるような本を探していると伝えた。
「そうですか……。確かに、ここならどんな本があっても不思議はないですね。ここに導かれたのも縁ならば、私と貴方が出会ったのも縁。私も可能な限り、探してみます。……あぁ、申し遅れました、私は弓立招と申します」
「八神修です」
　二人は短く挨拶を交わすと、再び巨大な本棚に向き合い始めた。