縁の幻路｜リアクション

縁の幻路

　ふわりと揺れるセミロングの茶色い髪に、歩くたびに靡くピンク色のリボン。見知った後姿に、本条小萩は思わず「あっ」と声を漏らし、彼女の隣を歩く男性の姿を見つけて慌てて両手で口を押さえた。
「どうしたの？」
　花風ももが、首を傾げながら大きな青い瞳を小萩に向ける。小萩は二人の背中が十分に遠ざかるのを見届けてから、息を吐き出すと口を開いた。
「春哉さん……ルームメイトの子がいたんです」
「話しかけなくて良かったの？」
「デート中みたいでしたので」
　部屋に帰ってからこっそり聞いてみよう。小萩がそう思っていると、ももが雑貨屋の前で足を止めて熱心にショーウィンドウを見ている姿が視界の端に映った。小萩もももの隣に立ち、中を見る。綺麗に並べられた小物は、どれも可愛い。
「少し、見て行きませんか？」
　小萩の提案に、ももが嬉しそうに微笑みながら頷いた。

　急に飛ばされた世界に驚かなかったのは、どこか優しい雰囲気がする世界だったからかもしれない。けれど多分、世界の雰囲気だけが理由ではないはずだ。隣を歩いていた服部剛が、視線に気付いて微笑みながら首を傾げる。
「どうかしたん？」
「何でもない」
　どんな場所でも、心許せる人がいれば強くなれる。でもそれを認めるのが恥ずかしくて、霧生深雪は不機嫌そうに剛を睨むと、プイとそっぽを向いた。深雪の猫にも似た天邪鬼さを知っていた剛は、苦笑しながら「そっか」と呟いただけでそれ以上は何も言わなかった。
　大通りに人影はなく、静まり返った空気は冷たい。息苦しくなるような濃密な霧の中で、剛はふと声が聞こえた気がして足を止めた。開店の札が下がった雑貨屋の中に、女の子が二人見える。久しぶりに見た自分達以外の人の姿に、剛は深雪の肩を軽く叩くと雑貨屋の扉を押し開けた。乾いた鈴の音が鳴り、小萩とももが顔を上げる。
「こんにちは。……あ、本条ちゃんやん！　自分らもこの世界に飛ばされて来たん？」
　人懐っこい剛の笑顔に、小萩がコクリと頷く。
「剛、知り合いか？」
「あぁ、前にちょっと」
「あ、あれは事故ですーっ！」
　ぷぅっと頬を膨らませる小萩に剛が苦笑しながらも、ももに目を向ける。
「俺は服部剛、寝子高２年。で、こっちが同じく２年の霧生深雪や」
「１年の花風ももなの」
「花風ちゃんやな」
　覚えた。と、笑顔を浮かべる剛の隣で、深雪が周囲を見渡す。その様子をジっと見ていたももが、レジを指し示すとふわりと微笑んだ。
「店員さんはいないみたいなの。一つまでなら貰えるみたい」
「へぇ……ご自由にお持ち下さいとか、太っ腹だな」
「でも、どれも綺麗で可愛くて僕には選びきれなくて……」
「そう言う事でしたら、小萩にお任せ下さい！　小萩の審美眼は厳しいですよ！」
　悩むももと深雪に、小萩が胸を張ってそう宣言するが、どれを見ても可愛いと評価している。確かにこの雑貨屋にある物は可愛らしく、小萩の審美眼は狂ってはいないが、厳しいかどうかと聞かれれば口篭らざるを得ない。
「なあなあ深雪、折角やしおそろにしよ！」
　突然女子のような事を言われ、深雪が一瞬だけ「はぁ？」と言う表情を浮かべるが、すぐに思い直したように赤い瞳を伏せると「まぁ、いいけど」と小さく呟く。
「お揃いって良いですね！　小萩達もお揃いにしません？」
　小萩の提案に、ももが嬉しそうに頷く。どんな物にしようかと見て回る二人の隣で、剛がパワーストーンのブレスレットが置いてあるコーナーで足を止める。
「こんなんやったら着けやすそうやな。でも、結構種類あんねや……悩む……みゆちゃんはどないのがええと思う？」
「そうだな……」
　暫く悩むようにあれこれと見ていた深雪だったが、オブシディアンとシルキークォーツ、そして太陽を模った鍵のチャームがついたブレスレットを手に取ると、無言で剛の手に乗せた。寝子島に来て、最初に出来た友達が剛だった。島に来た理由が理由なだけに、頑なに心を閉ざしていた深雪の素っ気無い態度にも嫌な顔一つせず、剛は根気強く向き合ってくれた。太陽のような暖かさで、凍てついた深雪の心を開いてくれた剛にピッタリだと思った。
「せやったら、深雪のはコレやな」
　剛がブレスレットを一つ取り、深雪の細い手首に巻きつける。ガーネットとピンクトルマリン、水晶の石に、月のモチーフの錠がついている。丁度剛のブレスレットと対になるようなデザインだった。
　月は、太陽がなければ輝けない。けれど夜に追い立てられるようにして地に沈む太陽は、闇を照らせない。どんなに心細い夜も、浮かぶ月の柔らかな光を、その先に繋がる暖かな太陽の事を思えば、きっと乗り越えられるはずだから。

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縁の幻路

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