Un peluche importante｜リアクション

Un peluche importante

　朝帰りの途中にフラリと立ち寄ったカフェで偶然見つけた教室のチラシに、朝鳥さゆるが興味を持ったのは、偶々だった。特別ぬいぐるみが好きでも、裁縫が大得意と言うわけでもない。ただ何となく、日曜日に予定を入れたくて予約の電話をかけた。ぬいぐるみ教室なんて、少し子供っぽいかなと思ったものの、電話に出た先生の声は色っぽかった。そして予想以上に麗佳本人も妖艶だった。大人の色気漂う麗佳だったが、中身が伴っていないことは話していて直ぐに分かった。
「それでね、さゆるちゃんの恋人の元カノの女の子が突然家に乗り込んできて……」
　楽しそうにさゆるの恋愛話を語る麗佳に、時々相槌を打ちつつ、思わず苦笑する。どう聞いても昼メロ顔負けなドロドロの苦しい恋物語だ。さゆるは、外見的には二十歳前後に見えるほど大人びている。着る人を選ぶようなシンプルな薄い水色のワンピースも、さゆるの外見年齢を上げるのに一役買っているだろう。予約では年齢など言わなかったのだから、麗佳が勘違いしていても仕方ない。急展開が続く麗佳の妄想話は、聞いている分には面白かった。でも、現実のさゆるはそんなにドラマチックな人生を歩んでいるわけではない。否、人よりは多少ドラマチックかもしれない。
　三年前に飛行機事故で両親を亡くして以来、星ヶ丘の自宅にはほとんど帰っていない。気が向いた相手と一晩遊び、後腐れなく別れる。そこに恋愛感情なんてなく、相手に思い入れもない。ただ、長い夜を一人で過ごしたくないだけ。特定の誰かと深く付き合おうと思った事などなかった。多分、両親がいなくなったあの時から、さゆるの中で何かが喪失してしまったのだろう。
　人として歪んでいるのかも知れない。けれどそれに気付いたところで、どうにもできない。両親がさゆるの元に戻ってくる事など、二度とないのだから。ガランとした家に活気が戻る事など、ないのだから。
「さゆるちゃん、ぬいぐるみを作るのは初めて？」
　不意に話題が変わり、さゆるは面食らいながらも頷いた。
「手先が器用なのね。初めてでここまで作れる人、そんなにいないのよ」
　麗佳に笑顔を返しながら、手の中で出来上がっていくぬいぐるみに視線を落とす。出来上がったら、このぬいぐるみをどこに置こう。この子がいたら、星ヶ丘の家に帰る機会も増えるだろうか？
　ぬいぐるみ一つで埋められる喪失感ではないと思いながらも、それでも家に帰る理由の一つにはなるかもしれない。少なくとも、この子がいる事によって、家は全くの無人ではなくなるのだから。