白いマスクの女性の真実｜リアクション

白いマスクの女性の真実

　夕陽に照らされた商店街は時間を遡ったかのように古めかしい。多くの人で賑わいを見せる中、ほのぼのとしたラッパの音が聞こえてきた。
「豆腐―、消化にええ豆腐はいかがですかー。最近は寒いから湯豆腐もええですよー」
　白いエプロンを付けた西野町かなえが屋根の付いたリヤカーを元気に引っ張る。軒下に当たる部分には『西野町とうふ店』と手書きのような文字が書かれていた。
「なんやろ、ほんまにマスクの人が多いんやなー」
　プーパー♪　と活気付けるようなラッパの音を響かせる。近くにいた若い女性が足を止めて興味を示した。
「そこのマスクのおねーさん。風邪引いとったら美人さんが台無しや。そんな時はあったかい豆腐を食べて寝るのが一番や。健康にもええから、もっとキレイになれるでー」
「……絹をひとつ、貰おうかしら」
「ありがとー」
　荷台に区分けされた箱の一つから水に沈めた豆腐のパックを取り出し、手早くビニール袋に包んで渡した。支払いを終えた女性は駅の方向に歩いていく。
「ええ滑り出しやで。この調子やったら、めっちゃ売れるんちゃうかなー」
　かなえはリヤカーを引きながらラッパを吹いた。進路を塞ぐように横手から八神修が現れた。ウォーターブルーの長袖シャツに白のスラックスを穿いていた。
「少し話を聞かせてくれないか」
「八神くん、どうしたん？　カメラなんか持って」
　修は首から一眼レフのデジタルカメラを下げていた。いつでもシャッターが切れるように手を添えている。
「西野町は口裂け女の話を知らないのか？」
「うちも話には聞いたことがあるで。マスクのおねーさんが‥‥」
　言葉は急速に萎んだ。かなえはキョロキョロと瞳を動かす。そこかしこにマスクを付けた女性が歩いていた。
　周囲の様子に修も関心を寄せる。
「普段とは違って人が多くないか？」
「あ、それはうちも思うで。お客さんがいっぱいで嬉しいわー」
　かなえは明るく返した。目の緊張は取れず、忙しなく動いている。
「口裂け女の目撃情報が急速に拡大しているのかもな。新聞部、部長の俺としても特ダネを逃す訳にはいかない」
　修はカメラを構えてファインダー越しに周囲を見やる。
「そ、そんなんおるわけないやん……」
　か細い声は雑踏の賑わいに吸収された。
「新聞の見出しは『寝子高新聞部ミステリー調査班・都市伝説特集号』がいいか。頭文字を取ってＮＭＲ、悪くないな」
「そんなんおらんわー。営業妨害やー。うちの豆腐が売れんようになるやんかー」
　かなえは涙目で訴えてラッパを吹き鳴らす。修は困った表情で咄嗟に豆腐を注文した。
「ありがとー」
　かなえは満面の笑顔で豆腐をビニール袋に入れた。受け取ろうとする修を無視して豆乳プリンを何個か押し込む。
「プリンを頼んではいないが」
「ありがとー」
　笑顔の圧力に負けた修は膨らんだビニール袋を提げて歩く羽目になった。