木天蓼大学の構内のベンチに座った
花菱 朱音はケータイを弄っていた。
画面には
F.O.A.F 都市伝説研究室と表示され、今日も細々とした都市伝説の類いが書き込まれていた。管理人と投稿者を兼任している朱音は、ふむ、と角張った眼鏡の中央を指で押しやった。
『投稿者:テッテケ
これは寝子島の友人から聞いた話です。
友人が参道商店街という所で、夕飯の買い物を済ませて帰ろうとしていました。
そこに大きなマスクを付けた細身の女性が現れて、とても小さな声で「わたし、きれい?」と聞いてきたそうです。
円らな瞳が優しそうに見えたので、「きれい、だと思います」と友人は答えました。
女性は何も言わないで、そのまま帰っていきました。友人のメールで、私はこの話を知りました。
これってあの有名な『口裂け女』なのでしょうか?』
読み終わった朱音は深く考え込むかのように前屈みになった。瞬間、カラフルなピン止めをあしらった髪を振り上げて、ケータイの画面に意識を向けた。
『投稿者:白いワニ
本物の口裂け女なら、「きれい」って答えたら、
「これでも」と言ってマスクを取らないとおかしいんじゃないかな。
俺の友達の弟の話だと、女性の髪はロングじゃなくてショートらしいよ。あとを追い掛けたが、逃げられたそうだ。かなり足は速いってさ。小学生のいうことだから当てにはならないが』
「足が速いのですか。口裂け女のような……」
目を閉じて考えを巡らした後、画面に戻っていく。
『投稿者:ターボおばちゃん
あたしが見たのは旧市街だったねぇ。マスクを付けた若い女性が走ってたよ。夕暮れ時で人が少ないから目立ってたよ。ワンピースに、あれはランニングシューズなのかねぇ。
妙な組み合わせなんだけど、あれが口裂け女なのかい?』
「考えても答えは出ないですよね」
黒目勝ちな瞳に決意を込めて、猛烈な勢いで文字を打ち込んだ。完成した文章を読み直し、決然と送信ボタンを押した。
『投稿者:都市子
真実を確かめにみんなで行きましょう! 来週の日曜日に寝子島駅に集まるのはどうですか? 時間は午後五時くらいを考えています。
用意する物や逃げる相手の対処法は、これからみんなで考えるという方向で、よろしくお願いします。』
朱音は勢いよく立ち上がった。ブツブツと何かを呟きながら構内を後にするのだった。
今回は都市伝説を背景にした「口裂け女?」のようなお話です。
白いマスクを装着した女性は何者なのでしょうか。「わたし、きれい?」と聞いて回る理由は。答えても何もしない意味は。未だに謎は闇の中です。
これからの皆様の輝かしい活躍によって闇は払われ、真実が白日の下に晒されることでしょう。
では、現状でわかっている女性の特徴を以下に挙げておきます。
白いマスクを付けた女性
① 若い女性で白いマスクを付けている。
② 女の人に「わたし、きれい?」と聞いて、答えても何もしない。
③ 女性を追い掛けると逃げ出す。その逃げ足は相当に速いらしい(小学生の感想)。
④ 女性はワンピースにランニングシューズという組み合わせで目撃されている。
ここで新しい情報が入ってきました。なんでも季節外れの寒さが災いして、夏風邪を引いた人が多くいるようです。
某薬局では結構な数のマスクが売れた模様。白いマスクを付けた女性の真実に迫ろうという大切な時に、
見分けるのが難しい事態が易々と起こるなんて!(もう少し作者の茶番にお付き合いください)。
ですが、女性の特徴は抑えています。皆さんの力を結集すれば、真実を手中に収めることは難しくないはずです。
あなたは女性の真の姿に近づけるでしょうか。