白いマスクの女性の真実｜リアクション

白いマスクの女性の真実

　長袖シャツの上に薄手のセーターを着込み、安定しない足取りで刻人・F・ミセリアが通りを歩いていた。背後にはオーマ・トンノが鉄壁の盾として付き従う。
「まだ喉の調子がヘンかな？　マスクを付けると楽にはなるけど」
　オーマは周囲に警戒の視線を飛ばしていた。刻人は構わずに話を続ける。
「昨夜は酷い目にあったよ。まさか、残党がいたとはね。海に突き落とされたのは誤算だったなあ。ま、その一人もオーマに骨を折られるなんて思いもしなかっただろうから、お互い様なんだけどね」
　刻人の話を聞いていたオーマは徐に掌を見つめる。昨晩に圧し折った骨の感触を思い出しているかのようだった。
「こんな商店街に本当に噂の女は出るのかな。ネットの情報で誘った僕がいうのもおかしいんだけど。それと今日は人が多いのかな」
　人々を目で追うのが億劫と言わんばかりに刻人は軽く頭を振った。
「人はいてもオーマより背が高い人はいないね」
　刻人は立ち止まって振り返る。藍色の帽子に黒いワンピース。羽織ったジャケットは長い髪よりも赤い。
　聳え立つオーマに刻人は言い含めるような口調になった。
「オーマは僕の妻の友人で、実家はレスリングジムを経営の日本語が話せない外国人だからね。今日は少し、喋り過ぎたみたい。また喉がおかしいかも。待ち合わせ場所になってる駅に行ってみようか」
「あ、あの、聞いてもいいですか」
　刻人の前に走り込んできた女の子が上ずった声を出した。子供っぽい顔立ちは小学生くらいに見える。あとから二人が加わって何かを期待するような表情になった。
　刻人はオーマの方に振り向いて頻りに喉を摩る。声を出さずに唇を動かした。
　僅かな手掛かりからオーマは答えを導く。自分のケータイに文字を打ち込んで子供達に渡した。
『日本に来て日が浅い。文字は読めるからコレに打て』
　私が、俺で、ぼくに、と少し揉めて最初に声を掛けてきた女の子が代表で文字を打ち込んだ。
『お姉さんは口裂け女さんですか』
　オーマはケータイの画面を一睨みして、立てた親指を自分に向けた。子供達は一斉に頭を左右に振り、こっち、と刻人を指差した。
「ん、僕がなに？」
　怪訝な顔で画面を覗き込んだ刻人は慌てて声に出して言った。
「髪はショートだけど僕は男だよ。スカートでもなくてズボンだし」
　念の為にマスクを外し、口が裂けていないことも証明した。子供達は素直に頭を下げて、オーマとのケータイの会話を続ける。
『口裂け女の話をなにか知りませんか』
『髪はショート。ワンピースを着てランニングシューズで走る』
　サイトで目にした情報を子供達に簡潔に伝えた。そうなんだ、マジか、と口々に驚いては表情で喜んだ。
「今度は俺に貸して」
　ケータイを奪うようにして男の子が文字を入れた。
『どうしたらそんなに大きくなるの』
　興奮した様子で男の子は答えを待つ。オーマは受け取ったケータイの画面を刻人に見せた。
「遺伝かな」
　呟きにも似た言葉を聞き流すようにしてオーマは慎重に文字を入れた。
『よく食べて、よく寝て、よく運動をすれば背は伸びる』
　違うよ、と男の子は全身を揺する。Ｔシャツの裾から両手を突っ込み、胸の辺りを拳で突き出した。
「あんた、なに聞いてんのよ！」
　女の子が怒るのも構わず、あは～ん、と甘えた声で腰をくねくねさせる。半ば便乗する形で刻人は楽しそうに言った。
「僕も知りたいなー。どうしたら、そんな胸になるのかなー」
　オーマは無言で前蹴りを放つ。わあ、と声を上げた刻人が身体を捩って躱した。
「ちょっとオーマ。膝頭を的確に狙うのはやめてくれないかな。冗談でも背中に嫌な汗をかいたよ」
　焦る刻人を子供達の無邪気な笑い声が包み込んだ。