白いマスクの女性の真実｜リアクション

白いマスクの女性の真実

　薬局の店頭に薬剤師に相応しい白衣を纏った毒島柘榴が一人でいた。不敵な笑みで腕を組み、座っている椅子を前後に揺らす。夕陽を浴びた全身は鮮血を被ったように赤く、爛々とした双眸が次の獲物を物色した。
　ふくよかな中年女性が柘榴の前に立った。
「えっと、家族分のマスクに。そうそう、咳によく効く風邪薬はどれかしら」
「マスクはこれがオススメだぜ。ワイヤー入りで顔にフィットするからな。咳には赤い箱のヤツが効くぜ。ついでに新商品のドリンクはどうだ？」
　柘榴は手前の大きめのワゴンからドリンクを取り出した。
「ニャンダフルＧねぇ」
「ジンジャーのＧだ。生姜エキスをたっぷり入れてある。俺の配合した生薬に、レモンとハチミツの強力タッグだ。美味さと飲み易さを兼ね備えた逸品にびっくりすると思うぜ」
「肝心の効能はどうなのよ」
「ククッ、心配いらねェよ。飲めば身体の芯から温まるってもんよ。これで冷え症とは縁切りだ。それだけにとどまらねぇ。滋養強壮、脂肪の燃焼でダイエット効果もあるぜ！」
　最後のダイエットの言葉に反応した女性はセットで注文した。
「強面なのにホント、商売上手よねぇ」
「……そうでもねぇよ。他人の不幸があって儲けられる因果な商売さ」
　またまた～、と女性が冗談めかして笑うと柘榴も釣られた。
「カカッ！　風邪関連の売り上げが右肩上がりだぜ」
　本音を暴露して機嫌よく客を送り出した。
「一人で四千越えか。悪くねぇ、売り上げだ」
　ほくそ笑む柘榴を目掛けて修が速足でやってきた。
　視界に収めた瞬間、柘榴は横目で言った。
「女の情報か」
「そうですが、どうして？」
「それだけ急いで薬の線はねぇな。普通に考えれば救急車の出番だろ？　あとな、お前さんだけじゃねぇのさ、女の情報を欲しがる連中はな」
「情報があれば教えて貰えませんか」
　修は話を切り出した。柘榴の目がすっと細くなる。首から下げたカメラを見ながら諭すように言った。
「好奇心で人様の事情を根掘り葉掘り聞くのは、あんまり感心しねぇな。噂話で盛り上がるのは勝手だが、相手の立場も考えて行動しろよ？」
「プライバシーには十分に配慮して動くつもりです」
　柘榴の眼光に怯まずに修は答えた。
「ま、元『不良殺し』の俺が人様に説教できる立場でもねぇがな、カカッ。口裂け女かは知らねェが、マスクを付けた女は若かったぜ。お前さんよりは上で大学生くらいに見えたな」
「そうですか、ありがとうございます。あの、情報料ではないですが、マスクを一ダースいただけますか」
「俺は構わねぇよ？　売り上げ重視だからな。その袋も情報の見返りに買ったのか」
　柘榴が顎で示した。修は手に提げたビニール袋を持ち上げて苦笑いを浮かべる。
「生ものなので、そちらで預かって貰えると嬉しいのですが」
「上客の頼みだ、引き受けてやるよ。そうなるとだ、マスクも邪魔になるよな？」
　はい、と小声で答えた修はビニール袋を手渡した。柘榴は中身を一瞥して意味ありげに笑う。
「西野町の豆腐か。預かるのはいいが、豆乳プリンは保証できねぇな。うちには愛らしい甘党の食欲魔人がいるからな、カカッ！」
「軽くなるのでこちらも助かります」
　柘榴は自身の膝を叩いて大いに笑った。
　支払いを済ませた修が人々に紛れる寸前に声を掛ける。
「その探究心は本物かもしれんが、程々にしろよ！　よく言うだろ？　『好奇心は猫をも殺す』ってな」
　修は頭を下げて人々の中を掻き分けていった。
「若いねぇ」
　数秒、追憶に耽るような目となった。
「お、そこの姉さん。ダイエットに興味はあるかい？　アネモネの新商品がパーフェクトボディの手伝いをするぜ」
　通り過ぎようとした女性を目敏く見つけて引き留める。柘榴は獲物を狙う目付きで商売に励むのだった。