春先迷路｜リアクション

春先迷路

「……聞いても、いいかしら」
　
　アリーセは目の前を通り過ぎかけた夏朝に、そっと声をかける。
　夏朝は、野良猫を頭に乗せたまま、勢い良く振り返る。
　野良猫の尻尾が勢い余って夏朝のほっぺたをびったんしたけれど、気にしない。
　むしろご褒美です。

「ん？　呼ばれたの？」

　夏朝が小首を傾げると、頭の上の野良猫も「うにゃ？」っと小首を傾げた。

「えぇ、呼んだわ。なぜ頭の上に猫を乗せているのかしら」
「可愛いからなの」
　
　即答する夏朝に、絶句するアリーセ。
　猫がかわいいのは分かる。
　アリーセだって、猫は大好きだ。
　猫を嫌いな人種がいるとは思えないぐらい大好きだ。
　でも。
　冬の路地裏で猫を頭に乗せて歩くほどではないような気がする。
　……自信はないけれど。

「用事はそれだけなのかな？」
「えぇ、そうね。引き止めて悪かったわ」

　ご機嫌な夏朝に別れを告げて、アリーセは学校を目指し、再び歩き出す。

「え」
「あれ？」

　歩き出したはずだった。
　アリーセは確かに夏朝に別れを告げて、学校へ行こうとしたはずだった。
　けれど何故か、夏朝の元に戻ってしまったのだ。

「もしかして、君はまだ迷っていたりするの？」
「先ほどからずっと迷っているわ。『フツウ』にね」
「そういえば猫を抱っこしてない！」
「猫を抱くことに意味があるのかしら」
「もちろん！　撫でながら歩くと時間が進んで、ここから出られるんだもん。猫が大事なの」
「そう。だから頭の上に乗せているのね」
「ううん、これは趣味なの。暖かくて柔らかくて可愛いんだもん」
「……そう」

　ぎゅうっと、頭の上の野良猫を両手でより一層支える笑顔の夏朝。
　ほんのり、引き気味のアリーセ。
　

「猫を撫でれればいいのね？」

　頭の上に乗せなくとも、撫でろといわれて拒否する理由がアリーセにはなかった。
　そしてふと、目線を感じれば、一匹の野良猫がこちらをじっと見つめていた。

「あの子っ、可愛いわ……」
「ほんとうなの。あのこも可愛いの」

　アリーセの目線の先に座っているのは、灰色がかった体毛が特徴的なロシアンブルーだ。
　ありとあらゆる猫がいる寝子島では、血統書つきの猫の血筋が混じったような猫もいるようだ。
　深みのある緑とも蒼とも言える宝石のような瞳が、アリーセの心を掴んで離さない。
　でも……。

「逃げちゃいそうなの」
「そうね。撫でれるほど人馴れしていなさそうだわ」

　こちらが一歩近づくと、ロシアンブルーは一歩後ずさる。
　この様子では、抱きかかえて撫でながら学校へ向かうのは困難だ。

「でも大丈夫なの。確か、布鞄の中にまだまだ鰹節とマタタビ粉が入っていたはずだもん」

　片手で器用に夏朝は頭の上の猫を支え、もう片手で鞄の中をがさごそと探し出す。
　すぐに目的のモノは見つかったようで夏朝の片手には鰹節の小分け袋が握られていた。

「あなた、いつも持ち歩いているの？」
「猫のためだもん」
「そう。いいことね」

　猫が欲しがるものを持ち歩くのは、寝子島ではフツウのことに違いない。

「待ってて、今開けるか……らぁっ？！」
「はうっ？！」
　
　ぱぁんっと、勢い良くはじけ飛んでばら撒かれる鰹節。
　片手で開けようとしたのが無謀だった。
　でも猫から手を離すなんて夏朝に出来るわけもなかったのだ。

「……でも、いいタイミングだったかもしれないわ？」

　にゃぁん♪

　ロシアンブルーが擦り寄ってきた。
　
　にゃぁん、にゃぁん♪

　黒猫も白猫も寄ってきた。

　にゃぁん、にゃぁん、にゃぁん、にゃぁあーーーん♪

「三毛猫にヒマラヤンにラグドールにメイクーンに、マンチカンにソマリ！」

　鰹節の匂いに惹かれた猫達がものすごい勢いで集まってきた！

「み、みんな、待ってなの。まだまだ沢山あるの」
「撫でれるわね。でも、撫でる手が足りなくなる勢いね」
　
　足元に群がる野良猫に右往左往しながらも、夏朝は頭の上の猫から決して手を離さない。
　そしてアリーセも一目ぼれのロシアンブルーを抱きかかえ、擦り寄ってくる野良猫達を順番に撫でてかわいがる。

　大量の猫を撫で続けた二人は、大満足の末に学校へ。

「ねえ、確認したいのだけど」

「なにかな？」

「どうして、私服なのかしら」
「……のぉおーーーーーーーーーーーーーー？！」

　ばっと自分の服を見渡して、錯乱する夏朝。

「ご、ごめんなさい……寮に帰って着替えて鞄もとってくるぅぅぅぅ！！」
「気をつけてね」

　アリーセに見送られて、夏朝は全力で家に戻っていった。
　学校に間に合ったかどうかは、神のみぞしるである。

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春先迷路

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