春先迷路｜リアクション

春先迷路

おぬこぉおおおおお

「そこの迷子さん、助けが必要かの？」

　都が呆然と道に佇んでいると、猫を抱いた宝が通りかかった。

「えっ、ウチか？！」
「うむ。困っておるようじゃの。なぁに、心配は要らぬのじゃ。ほれ、こうして猫を撫でていれば道は開けるというもの」
「はい？　お、おぬこ様を撫でればいいのか？！」
「随分驚くのう。大丈夫かの？」
「お、おぅ、少し動揺しただけだ。大丈夫だ、問題ない」

　宝の助言で、都は即、視界に入った野良猫をロックオン！

　撫でるよ撫でるよ撫でますよーーーー！！！
　
　猫好きにとってこんな大義名分がかつてあっただろうか？
　いや、あってもいい。
　なくてもいい。
　問題は今現在撫でるだけの理由が都にはガッツリしっかりあるってことだ！

　都にロックオンされた野良猫は、つんとした瞳をまん丸に見開いて立ち止まっている。
　明るい朝なのに瞳孔までまん丸なのは、怯えているのか警戒しているのか。
　
　だがそんな行動をされても仕方がないぐらい、都はテンション上げ上げなのだ。
　大義名分を得た都に自重や遠慮などはない。
　心を満たすのは、思う存分、猫を撫でること！！！

「おぬこ様、さぁ、ウチに抱かれるがいい！」

　これでもかというぐらい笑顔で猫に駆け寄る都。
　だが現実は冷たかった。
　後一歩で猫に触れられる、その距離まで近づいた瞬間、

「のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお？！」

　ドゴォオオオオオオオオオオンッ！

　盛大な激突音と共に、都は塀に頭から激突した。
　猫は一瞬でジャンプして塀の上に飛び乗り、そのまま全力疾走で逃げ出した。

「大丈夫かの……？」　
「はい……」
　都は心配そうに覗き込んでくる宝に虚ろな瞳で頷く。

　うん、分かってたよ。
　こうなることなんか。
　毎回なんだ。
　毎回毎回、ウチが猫に近づくと、猫達はウチから全力で逃げて行くんだ……。

　だがしかし！

「ふふふっ、今日のウチには大義名分があるんだーーーー！！！」

　がばっと飛び起きて、都は猫を求めて走る。
　額から血が出ているのはきっと気のせい。
　身体中から猫への愛情が迸って、ほんのりそれが血に見えるだけ。
　
　だってそう思い込まないと気を失いそうだしの。

「おぬこ様おぬこ様、隠れてないででてくるのよ」

　かなりテンション上がりつつ、都は再び野良猫を発見！
　都ににへらっと満面の笑みで見つめられた野良猫は、その場に凍りついた。

「いい子いい子、そのままじっとしているの。ただ撫でさせてさえくれれば……っ」

　さっきのようには突っ込まず、慌てず騒がず、でもドキドキしながら都は野良猫に手を伸ばす。
　だが都が伸ばした指先は虚しく空をかすめた。
　
　寸でのところで硬直の解けた野良猫は、全力で逃げていったのだ。
　遥か彼方に遠のく猫を、虚ろな瞳で見つめる都。

「……ウチに猫を撫でれる日はこないのかもしれん……」
「そう諦めるものでもないようじゃ。ほれ、この野良猫を撫でてみんしゃい」
「思いっきり、ガン飛ばされてるんですがっ」
「大丈夫じゃ。この猫屋敷を信じなさいな。ほれ、マタタビじゃ」
「それは最終兵器！」

　宝が取り出したマタタビの香りに、野良猫はうっとり。
　今なら誰が撫でても撫で放題に違いない。
　たとえ全世界の猫に嫌われてるとしか思えない都であっても。

　そうっと、恐る恐る宝の抱く野良猫に手を伸ばす都。
　次の瞬間、

　バシュリッ！

「シャァアアアッ！」
「ぎゃあああああ？！」
「なんとっ？！」

　都の手にはこれでもかというほど思いっきりバッテン印の引っかき傷が。
　宝の腕の中で恍惚の表情を浮かべているのにもかかわらず、野良猫は都に情け容赦なかった。

「……ぬこ、かわいいなぁ……」
「お、落ち着くのじゃ。いま止血をしてやるからの」

　一旦野良猫を足元に置き、宝は虚ろな瞳の都の傷に袱紗を巻きつける。

「もう一生ここから出られないのかもしれん……」
「馬鹿を言っちゃぁいけないよ。ほら、あたしの腕を握ってみんしゃい」

　宝は猫を抱きなおし、片腕を都に差し出す。
　首を傾げながら都はその腕につかまってみる。
　宝がゆっくりと野良猫を撫で、

「時計を見てみるがよいぞ」
「あっ、動き出してるの！」
「そうじゃろうそうじゃろう。ほれ、学校へゆくのじゃろ？　このまま付き合うでの、しっかり腕から離れんようにの」
「ありがとうございます！！」

　都と宝は、宝の機転で無事、迷宮と化した路地裏を抜け出した。

「たっぷり、高級猫缶を買ってやるからの」
　宝のお礼に、野良猫はご機嫌な鳴き声をあげた。

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