(あれ? ここ、さっき通った?)
恵御納 夏朝は首を傾げる。
目の前の家をさっきも通った気がするのだ。
表札は『南平』。
さっきはどうだったろう。
記憶を辿ってもぱっとは思い出せない。
(ちょっとだけ寄り道するつもりだったんだけどな)
夏朝は苦笑する。
まだ一月だというのに今日は春のように暖かくて、いつもより随分と早く家を出てしまって。
ふと脇道にいたお猫様に目を奪われたのが運の付き。
普段は通る事のない細い路地裏は、思った以上に複雑だったらしく、いつもの道に戻ろうとしたときにはもう、迷っていた。
時計は8時。
(スマホのナビも、何故か非表示なんだもん)
手元のスマホをいじる。
夏朝のにゃーほんさんは、暖かい日差しにきらきらと輝くものの、今はただの小物。
(電話は、一瞬だけ繋がったんだけどな)
どの辺りを歩いていた時だったか、ふと見たら電波が1本立っていたのだ。
その時はまだ、こんなに迷うと思っていなかったから、特に気にせずにいたけれども。
(あの場所、どこだったかな? 誰かに電話して相談したいの。そろそろ、本気で学校に向かわないと遅刻だもん……)
冷や汗がこめかみを伝った。
(あれ? あの子、同じ学校の?)
T字路を見知った顔が通り過ぎた。
夏朝は急いでT字路を追いかける。
知り合いじゃなくとも、同じ制服を着ているということは同じ学校なワケで。
(学校に辿り着けるかも!)
期待に胸を膨らませ、全力で追いついた夏朝は、けれど一瞬で希望を打ち砕かれた。
「あっ、人がいてよかった! わたし、何故か道に迷っちゃって……」
「……君もなの」
がくーーーーーっと。
夏朝はその場で壁に突っ伏す。
「あの……?」
夏朝を心配そうに覗き込む。
その時だ。
背後から、思いっきり元気のいい声が二人に降り注いだ。
「よぉっ! お前達、学校どっちだか知らね? 俺様達道に迷っちゃってさー」
「ごめん、こっちも同じく迷ってるの」
「そうなんです、なぜか、猫を追いかけてたらもとの道に戻れなくて……」
「あなたたちも? わたしも猫についてきたらでれなくなっちゃって」
そして、又別の声が。
「そこの人たち、ちょっと道を教えて欲しいのですよ~?」
てってってってと、可愛らしい女の子が駆け寄ってくる。
彼女だけではない。
だんだん、一人二人と人が増えてきている。
みんな、道に迷いながら。
(え。これって、どうなってるの?)
流石に夏朝も何かが異常だと感づいた。
これは、ただ単に道に迷ったわけではないんじゃないかと。
ふと、握り締めたスマホの時間が目に付いた。
八時。
さっきも八時だったはずだ。
スマホは止まっていない。
けれど時間が動いていない?!
その時だ。
てくてくてくてく。
実に勇雅に和やかに、一匹のお猫様がみんなのそばに歩み寄ってきた。
「かわいいのですよ~」
すぐに女の子が屈んで、お猫様を撫でた。
なでなで、なでなで。
撫でられたお猫様は嬉しそうにお腹を見せてごろんと道に転がった。
すると、道の門から新たなお猫様が現れ、夏朝の足元に擦り寄ってきた。
そんな場合じゃない気もするのだけれど、お猫様の可愛さについつい、夏朝も撫でてみる。
ごろごろ、ごろごろ。
お猫様からもれる甘えた音が愛らしい。
(ん?)
スマホの時間を夏朝は二度見した。
さっきまで動いていなかった時計が動き出したのだ。
お猫様から手を離すと、ぴたりと止まる秒数。
まさか。
夏朝はお猫様に手を伸ばし、ゆっくり、撫でてみる。
そして確信した。
お猫様を撫でていると、時間が進むことを。
はい、こんにちは?
今回は、突然みんな迷子になってしまいました。
原因不明。
ただ単に、何故か迷いやすい路地だったのかもしれません。
電話は通じる場所があるようですが、基本的には通じません。
スマホ等のナビシステムも動きません。
みんなで協力してもよし、一人で彷徨ってみてもよし。
お猫様はどこでも沢山いますし、飼い猫と実は一緒でも大丈夫です。
たっぷり、お猫様をなでてあげてください。
撫でていると時間も進み、迷路から先に進めることでしょう。
どの程度なでていればいいのかは、人によります。
そして学校や会社などには間に合わなくなるかもしれませんが、お猫様をなでれなくとも、
少なくとも半日程度で迷路効果はなくなり、皆さん無事になんとかなるでしょう。