寝子島★トマト祭り｜リアクション

寝子島★トマト祭り

●再び、トマト祭り会場

「トマト祭り……スペインバレンシア州の収穫祭の事だが、まさか寝子島でやるなんてな。思ったよりは人が多いな。さとみちゃん、迷子にならないよう、お姉ちゃんとしっかり手を繋いでるんだよ？」
「うん！」
　露出高めのパンクファッションに身を包んだ吉祥寺黒子は、幼い女の子と手を繋いでいた。
　反対の腕にクマの縫いぐるみを抱えて、嬉しそうに黒子を見上げる姿に目を留めて、どこかおぼつかない足取りで歩いていた、新井米太郎は小さく手を上げた。
「やあ、さとみちゃん……久しぶり、だね。元気にしてる？」
「わー、赤いお兄ちゃんだ！　うん、さとみは元気だよ。今日は黒子お姉ちゃんにお祭りに連れて来てもらったの。お兄ちゃんも、遊びに来たの？」
「う、うん……そんなトコ、かな？」
　無邪気な瞳に見つめられて、米太郎は思わず視線を逸らす。
　そしてようやく、お祭りムードに包まれた周囲を見回した。実の所、目的があってここへ来たわけではなかった。とてもショックな事があって落ち込んでいたら、双子の弟に鬱陶しいから外行けと家を追いたてられて……どこをどう歩いたかも覚えていないが、雰囲気に流されるまま。
　気がついたら、祭り会場に辿りついていたのだ。
「ええと。トマト祭り、ですか？」
「何だよ、知らねえんじゃねえか」
「面目ないです……」
　しゅんとうな垂れる米太郎に、面倒くさそうにしながらも、お姉さん気質で情が深い黒子は、トマト祭りの説明をしてやった。
「トマト競技、ですか。投げ合うのかな……？」
「だろうな。出んなら、あっちのテントでエントリー受付してるみたいだぜ？　……何で悩んでるのかは、まあ……敢えて聞かねえけど、うじうじ悩んでても始まらねえ。体動かしてスカッとして来いよ」
　黒子はトマト祭り運営スタッフが常駐している、テントを指差した。
「あ、うん。そうですね……参加したら、トマト貰えるんだ」
　持って帰ったら、弟の機嫌直るかな？　と米太郎は考えた。
「優勝者はトロフィーと、真っ赤なヒーローの称号、か……」
　赤いヒーロー、あらこめレッドを自称していた少し前の米太郎なら、いさんで取りに行った所だが。

　ヒーロー、ね……なんだかよく分からなくなってきたや。

　一緒に帰りたかった。
　それ以上に守りたい、ただ一人がいた。
　けれど――。

「おーい、アラコメー！」
　ニックネームで呼ばれて、米太郎ははっと現実に引き戻された。
「え、きりのんくん？　ひょっとして君も、トマト祭りに？」
　先輩である桐野正也が、全く洒落っ気のない、というかむしろいくら汚しても構わなさそうな格好をしているのに、米太郎は注目した。
「ああ、そのつもりだぜ！」
　胸を張る、正也。
　K.O.F(キング・オブ・フビン)の名を欲しいままにしている彼、この服装のチョイスは賢明な判断と言えよう。
「ん？　なに暗くなっちゃってんだ？　そら、祭りだ。楽しもうぜー！」
　背中をバシバシと叩かれて、思わず咳き込んだ米太郎だったが、後輩の首に腕を回して盛り上がる正也に、次第に口元に笑みが浮かんできた。

　――ん、暗くなってても意味ないね。
　じっとしてるより動いてた方が、余計な事考えなくていいから楽だろうし、参加してみようかな。

「よし、勝負するからには勝ちを狙って行くよ！」
「おっし、そうこなくっちゃな！　とりあえず受付済ましたら、ちょろっと出店廻ってみよーぜ」
「この辺りの農家さんが参加してるなら、十一くんもいるのかな？」
　そう言えば、今年はキュウリが豊作だと、はしゃいでいた気もする。
「探してみようぜ！」

　受付に行く少年達の背中を見送って、さとみは黒子を見上げた。
「やっぱり黒子お姉ちゃんは、優しいなぁ」
「え？　何だい、さとみちゃん……照れるじゃないか？」
「うふふ」
　黒子の指を掴む、小さな手の力がきゅっと強くなった。
　それに優しい眼差しを向けて。
「さて、暑いだろう。喉が渇かないかい？　何か冷たいものでも、探しに行ってみようか」
「うん！」