寝子島★トマト祭り｜リアクション

寝子島★トマト祭り

　祭りに必要なものを一人で買い集めながら、真央は時折、声に出して士を呼んでいた。
「士ちゃーん居ないのだ？　居ないなら居ないって返事するのだー！」
「……後木じゃないか、人探しか？　あれ真央ちゃん、困り事かな？」
　声に反応したのは、薬局『アネモネ』の一人娘、毒島林檎である。
　どちらかというと人付き合いが苦手な林檎は、クールを装って真央に近づいたのであるが、例によってかわいい本音を小さな声で漏らしてしまっている。
「林檎ちゃんなのだ！　こんにちはなのだお出かけなのだ？」
「ああ、今日はマダムの “おまじない” の日だからな。早く良くなってもらいたいもん、頑張ってくるよー！」
　マダムというのは、末期癌で病の床にある、とある裕福な老婦人の通称だ。
　治療を諦め、穏やかな最期を迎えるために星ヶ丘の屋敷に移り住んだ彼女に、林檎は同じように癌で亡くなった自分の祖母の面影を重ね、怪我や病気を治療するろっこん【オモルの腕】を武器に、病魔との地道な戦いをサポートし続けているのである。
「そうだったのだ！？　ありがとうなのだ真央ちゃんも一緒に行きたいけど今日は用事があって行けないのだ林檎ちゃんが頼りなのだよろしくお願いしますなのだマダムちゃんにも真央ちゃんまた会いに行くから元気出してって伝えて欲しいのだ」
　神妙に頷く林檎の手を取って、握手しながら真央はマダムの様子を尋ねた。
「良くなってきている……と思う。この調子なら、もうすぐ手術出来るくらいにはなるかもな……。順調に回復してるみたいで嬉しいよ！　……でも、他にマダムの為に何かできないかな」
「マダムちゃんの為になる事なのだ？　そう言えばもうすぐトマト祭りなのだ」
　小首を傾げる林檎に、真央はトマト祭りの概要を説明した。
「一緒に見物出来たらきっと楽しいのだ♪　でも……マダムちゃんを太陽カンカン照りの中つれだしたらきっと弱ってしまうのだ……しょぼーんなのだ」
　肩を落とす真央とは対照的に、林檎はぽんと手を打った。
「トマト競技の参加賞にトマト１箱……そうか、それに出場しよう。トマトは免疫力ＵＰの効果があるし、マダムには美味しいモノを食べて欲しいからね！」
「グッドアイディアなのだ林檎ちゃん！」
　もろ手を挙げて賛成する真央。
「……そうだ、犬飼にも連絡入れておくか。タダでトマトが手に入るもん♪　未央君もお母さんにトマトをプレゼント出来るもんね」
　林檎はポチポチとメールを打ち、末尾に「暇だったら一緒に参加しよ！」と付け加えて、送信すると真央と別れて、トレードマークの赤いマフラーを靡かせて星ヶ丘に急いだ。

　こうして。
　方向音痴の士が迷子になるなど、紆余曲折なハプニングもあったものの、それが逆に話題になってトマト祭り当日に猫鳴館で育った野菜の直売が行われる宣伝になったのだった。

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