寝子島★トマト祭り｜リアクション

寝子島★トマト祭り

「へえ、トマト祭り？　出店も出来るんだ、楽しそうだな」
　旧市街の一軒家で姉達と暮らす、末っ子長男・花厳望春はトマト大好きっ子である。
　趣味で集めている、かわいらしいヘアピンを髪に挿した中性的な外見を裏切る事無く、趣味はお菓子作りという彼は、士の話にすぐに興味を示した。
「ああ。もし君も出店するなら、勉強するから猫鳴館のトマトを使ってもらえないかな？」
　猫鳴館の菜園も、例によって今年はトマトが大豊作だった。
「俺達は決して野菜作りのプロではないが、海から吹く潮風と、水道代を切り詰めるために枯れないギリギリのラインまでトマトに水をやらなかったお陰か、甘みも強い」
　怪我の功名とはいえ、自信作なんだと言い添える士に、望春は快く頷いた。
「うん、いいよ。トマト本来の味が出せるように、あまり他の材料は入れないシンプルなスイーツにしよう。夏だし、ひんやりとしたものの方がいいよな……」
　こてんと首を傾げれば、望春が頭の中で組み立てるトマト料理のイメージは、やはり女子受けしそうな甘く蕩けるようなメニュー。
　出店前で口元を綻ばせる人々の姿を想像して、望春は軽く瞳を閉じた。
「ん、決めた。トマトのコンポートと、トマトゼリーにしよう」
　そうと決まれば、早速試作に入らなきゃな。
　望春が猫鳴館にフルーツトマトを注文し、士は後で届けるために詳細な連絡先のメモを取ったのであった。
「あ、俺一人だけだと、人手が足りないかもしれないから、もし良かったら誰かに手を貸してもらえないかな？　コンポートとかは簡単だし、よっぽど料理が苦手じゃない限り、作れると思うんだよな」
「ふむ……まだ廻るつもりだから、心当たりに声を掛けてみるよ」
「悪いね、湯むきトマトに砂糖かけるだけでも十分なデザートになるし、最悪それだけでも構わないんだ」
「わかった」

「あれ、士ちゃんじゃん？　そんなトコで、また迷子になってんのか？」
　お好み焼きの店・『うさぎ屋』の次男坊、宇佐見望月は彷徨う熊の毛皮を見るなり、そう言った。
「……まるで俺が年中、迷子になってるみたいな言い草だな」
「あれ、違うの？」
　最近、非リアの間でも破壊によるカタルシス的な意味で、人気を集めているハート型のお好み焼きを返しながらとぼけて見せる望月に、士は「失礼な」と少し憮然としつつ足を止めた。
「悪い悪い、そう怖い顔すんなよ。時に、九夜山でトマト祭りするらしーけど、士ちゃん見に行くのか？」
　渡りに船とは、まさにこの事。
　背筋を正して顛末を説明する士に、望月は腕組みをして考え込んだ。
「どっかの国のマネだけど、これも神事だろ？　本場じゃ死者が出る事もある、過激な祭りだ。怪我人出さないようにしなきゃな……」
　楽しいはずのお祭りで、悲しい想いをする人が出ては本末転倒だ。自分なりの関わり方を検討しつつ、望月は再び後輩へ注意を戻した。
「士ちゃん、キャベツも売るのか？」
「ああ、そのつもりだよ。儲けが出たら、例の如く寮の修繕費に当てようと思ってる」
「なるほど、そっかー。うん、頑張れよ！　俺様も及ばずながら、ＣＭして応援するからさ」
　『うさぎ屋』で使われているキャベツは、猫鳴館の自治体から買われている。筋肉質な胸板をどんと叩けば、熊皮の少年も「心強いよ」と頬を緩めた。
「そうだな、俺様も今から農家さんに打診して、当日は色々協力出来るようにするぜ。士ちゃん、猫鳴館ってトマトも育ててるよな？」
「勿論だ、しかも驚くほど豊作なんだ」
「そりゃあ良かったぜ。じゃあ後で買い付けに寄るから、よろしくな！」
「あ、忘れるところだった。トマト料理を一緒に作りたいって人がいるんだけど、良かったら彼と協力してもらえないか？」
「へえ、勿論構わないぜ！　食事も料理も、大勢でワイワイやった方が楽しいからなっ！！」
　サムズアップする望月に小さく頭を下げると、士は『うさぎ屋』を後にした。

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