ある一夜の夢噺｜リアクション

ある一夜の夢噺

　八神修はそこが明晰夢と判断すると、飛ぶことを試みた。
　段階を追って、最初は浮くことから。
　少し浮くことができたため、「飛べる」ことを確信する。
　夢は思念が原動力、思うままに高い空から星や寝子島を眺めてみたり、彼方此方に静かに飛行したりする。
　鈴島を覗くと、それが遺跡かどうかはわからないが、何か古い建物のようなものがチラッと見えた。
　途中、圭花に会ったので空から手を振ってみた。
　手を振り返してきたので、近くに降り立つ。

『桃川は何をしているんだ？』

　修は圭花に筆談で話をする。

『夜光虫を探していたのよ』
『していた、ということは、見えたのか？』

　圭花は頷いた。

『夜光虫だけじゃなく、鯨もね。夢の中だけあって、イメージの力ってすごいわ』

　興味深く圭花の話を聞くと、修はまた空を飛んだ。
　今度は誰も居ないという家々を覗いてみる。
　もしかしたら、と思ったのだが、番人の言葉の通り誰も居ないようだった。
　星明かりがとても明るいが、人っ子一人いないその様子は何処か物寂しい。
　地上に降り立って、修は黄色い夢飴を口に入れた。
　夢の番人と接触できたらと考えたのだ。
　ふわーっと、空を飛ぶのとは違った感覚に包まれて……。

　気が付くと、周囲が土のような岩のような壁になっている所にいた。
　上だけぽっかりと開いているようで、星空が見える。
　先程飛んでいたときはこんな場所には気付かなかった。

『八神も来たのか』

　視界の端にスケッチブックの白を見た気がしてそちらを見ると、市子がいた。
　どうやら、市子も修と同じく、番人に会いに来ていたらしい。
　しかし、番人らしき姿は見えない。

『夢の番人は何処にいるんだ？』
　
　市子は修の胸を指差す。
　それから、市子自身の胸も。

『どういう』
　
　スケッチブックに書きかけて、手を止める。
　くつくつと笑う声を聞いたからだ。
　否、聴覚を持って聞いたのではない。
　市子が指差した自分の胸の中に届いた、と言った方が正しいかもしれない。

『ここでは思えば番人に伝わるんだ』

　市子がスケッチブックを見せる。
　続く質問を書こうとした手を止め、修は思った。

（寝ている人の心は此処には来ていないんですか？）
（眠っているよ、皆、眠りの中だ）
（どういった理由で俺達が選ばれたんですか？）
（赤い夢飴を食べたろう？　気付かぬうちに口にしていたのかもしれないね）
（星達の此処での役割は、何か……？）
（星は道を照らす光。迷わぬように、元の場所へ帰ることができるように）

　元の場所へ帰る、と聞いて、修は青い夢飴を探すことを思い出す。
　何処にあるかを聞こうとして、ポケットの中に小さなものがあることに気付く。
　手を入れて外に出せば、青い夢飴だった。

　修が去って、圭花は再び１人になる。

（なんだか、帰りたくなっちゃった。うん、今日の夢はこれでおしまい）

　１人で納得したように頷くと、圭花はポケットから青い夢飴を取り出した。