ある一夜の夢噺｜リアクション

ある一夜の夢噺

　水面から身体が浮かびあがるようにすう、っと息を吐き、弓立招は辺りを見渡した。
　空には一面の星空。
　此処は一体何処なのだろう。
　招が立っている場所は、高い屋根の上のような、屋上のような場所だった。
　空を見上げれば手が届きそうだと錯覚してしまう。
　不思議な気持ちにもなるが、本当にそんな星空だ。
　下に広がるものを瞠れば、家々などが小さく見える。
　また、時折風以外の音もしているようだ。
　遠くの海にも星が映り、自分自身が空と地面どちらに居るかも分からない。
　ゆらゆらと夢の内に溶けていってしまいそうな風景に、招はいた。
　夢の番人というのは、空にいるのだろうか。
　そう思い、空に向かってちょいちょいと手招きをする。
　残念なことに夢の番人は姿を現さなかったが、代わりに何処からかスケッチブックが１冊、現れた。
　招の持つものと同じもののようだ。
　それは空中に浮かんでいるようにも見えるが、もしかしたら招の目には見えない番人がそこに居るのかもしれない。
　本当に番人が居るのなら、話し相手もいいだろう。

（暇人同士、いいですよね）
　
　そんな思いも、招にはあった。
　さらさらとスケッチブックに鉛筆を走らせ言葉を掛ける。

『こんばんは。今宵は良い夜ですね』

　空に浮いたスケッチブックは、鉛筆も使わず、文字を綴っていく。
　夢の中にいることと、番人だということを思えば、何も不思議は無い。

『今宵も、ね』

　短いが答えが返ってきたことを嬉しく思って、招は続ける。

『この景色好きですよ。見せて下さって有難うございます』

　寝巻の上に羽織ったままのガウンを風にはためかせて、招は思う。

（こんなにゆっくりと夜の中を堪能したのは、何時ぶりでしょうか）

　しばらく黙って景色を眺めて、空に浮いたスケッチブックを見遣って。
　招はああ、そうだと思いついたように、スケッチブックに書き込んだ。

『僕以外にも夢に捉えられた方がいらっしゃるなら、危なくないように見守ってあげていて下さいね。番人さん』

　了承する旨が空のスケッチブックに書かれる。
　招が目を走らせて読むと、スケッチブックは最初から何も無かったかのように掻き消えた。
　どうやら、夢の番人も忙しいようだ。

　その後、招はふらりと屋上の隅から青い夢飴を探し出した。
　ころころと掌で遊ばせる。

（それにしても、此処は何処だったんでしょうね。寝子島内であることは確かなのですが……）