●Express Yourself
　
　ヒーローショーが盛況のうちに終わったのを尻目に、舞台袖では三人の少女が顔を突き合わせ、最後の打ち合わせをしています。
「……結構受けてるな……うちらスベるかも……きついな……」
　と言うのは笠原 ひびきです。当初、こうした催しが苦手なので「いっそフケるか……？」とすら考えていた彼女ですが、今は他の二人と揃いの赤いコスチュームに身を包み、なんとも健康的なのでした。
「まあ、受けなくても一応義務は果たした、ってことでいいんじゃない……」
　いまいち前向きでないことを言っているのは弘明寺 能美子です。ひびき同様、彼女もこのような舞台には良い印象がなく、当初はサボるつもりでした。
　単に不得手、ということで嫌っているひびきとは違って、能美子には一応、経験があります。いえ、一応どころかかつてジュニアモデルとして、雑誌の世界で活躍していたのです。ちょっとした演技や踊りはスクールで一通り経験済みでした。
　でも、その華やかなところばかりではなく、能美子はモデルの世界の薄汚さも知っています。だからどうしても、こういう発表会のようなものにはイラついてしまうのです。
　ですが桜庭 円は、暗い海を照らす灯台のように言いました。
「大丈夫、こいうのはキレよく盛り上がって行けばいいと思う。可愛い衣装に元気があれば、チアダンスって成立するから！」
　チアダンスを提案者したのは円でした。彼女がひびきと能美子を誘ったのです。
「頑張っていこうね。正直に言えば結構恥ずかしいけど、これを乗り越えたら、きっとなんでもできるよね」
　力強い円の言葉に、
「……なんでも、か。まあ、空元気でも元気は元気だわな」
「私も桜庭さんの話に乗るって決めたから、最後まで付き合うよ」
　円がさっと手を出しました。
　能美子は最初戸惑いましたが、仕方ない、というような顔で手を重ねました。
　あたしもか！？　と言いながらそこにひびきが、斜めを見ながら手を重ねます。
「頑張ろう！」
　円の声に二人とも唱和しました。
　さあ、ステージに上がりましょう。
　軽くカールした髪のひびきが右、
　姫カットにしたストレートヘアの能美子が左、
　そして中央に、流れるようにウェーブした髪の円が立ちました。円が一番背が低いこともあり、ちょうどいいバランスです。
　書き忘れていましたが、三人のスカートはとても短いものでした。もしかしたら……と男子が期待しそうなレベルです。（もちろん、見せてもいい下着を仕込んでいるのですが）　手にはチアリーダー定番のポンポンを持っていることもお見逃しなく。
　ミュージックスタート。ノリのいいロックが、女性ヴォーカルを乗せて流れ込みます。
　これまで練習は、ボクシング部のリングを借りて行ってきました。今日は勝手の違う舞台とはいえ、基本はきっと同じでしょう。
　もう迷ってはいられない。
「いっきまーす！」
　円が大きく脚を跳ね上げ、三人のチアダンスが始まりました。
　左右に手が動きます。一斉に動きます。そればかりではない。跳びます。三人とも音楽に合わせて跳びます。さらに回ります。片脚立ちで回ります。ドラムがビートを刻めば、三人の回転にも拍車がかかります。縦列に変形して時間差の跳躍、さらには三人、横一列になってなだらかにウェーブ。逆ウェーブも思うがまま、合間合間に小刻みにジャンプを入れ、ポンポンを色鮮やかに振り、立ち位置もダンスも目まぐるしく変化するのでした。
　見所は動作の決め所。ピシッピシッと一動作一動作を大切に、腕を伸ばす瞬間は伸ばしきり、跳躍にあたっては大きく脚を両側に広げます。動きがだれることなく、毎回ぴたっと止まるのが気持ちいい。躍る髪すら血肉があるかのように、シャキシャキと動作するのでした。
　最初は意気の低いことを言っていたひびきですが、今は表情が輝いています。空手で鍛えた体のバネが、このときを待っていたかのように強く反応したのです。運動していれば健全とばかりは言えないけれど、無心に踊るのは、決して悪い気がしないものです。
　同じく能美子も、抵抗なく脚を振り上げ、様になる姿勢で踊っていました。足の引っ張りあいのようなコンテストは好きではありませんが、これは純粋に、喜んでもらうためのものと割り切ったせいかもしれません。
　そんな二人が土台となり、直立してピラミッドを造ります。ひびきの右肩、能美子の左肩に脚を置き円が立ちました。
　ここで音楽が終了。
「会長さーん！」
　円が海原会長に手を振ります。会長はなぜかうつむき加減で手を叩きました。……もしかしたらパンツが見えているのかもしれません。
　明るく健康的なダンスに、会場は温かくも分厚い拍手で三人を称えたのでした。

　ここで演目は一時中断して、逆巻 天野が壇上に上がりました。
「僕は演し物じゃなくて、ちょっとクイズを出したいと思っているんです。問題は全部で五問。制限時間は最後の出し物が始まるまで」
　これから演し物と演し物の間の時間に、一問ずつ問題を出していくとのこと。
　理知的な眼鏡の下から、黒目がちな瞳を光らせて彼は言います。
「入口で配っていたプログラムに、アンケートの他に紙が挟まっていましたね？　あれがこれからはじまる『寝子高クイズ』の応募用紙。出口に設置したアンケート回収箱の隣に応募箱も用意しているので、気になれば是非。全問正解者には景品が送られます」
　なお景品は、お菓子の詰め合わせということです。食べ盛りの高校生には嬉しい話といえましょう。
「わからない人はヒントをくれる人の元へ！　繰り返しますが、ロスタイムが終わったら終わりなので、もうヒントは訊けませんよ」
　ということで第一問です。
　これを読んでいるあなたも、是非挑戦してみてください。
　以下、『寝子高クイズ』については、該当シナリオないしイベント、問題、ヒントを順番に書いていくことにします。
　第一問はシナリオ『子猫にリボンを！』より。
「問題：校長が飼い始めた子猫は何匹？」
　校長先生によればヒントは、
「チャオ♪　これは数に関する問題だからねぇ……ヒントはそうだな『頬でもふもふすると一匹余ります』そして『両手でもみもみすると手が足りません』とでもさせてもらおうかな」
　ということでした。
　それでは第二問をお楽しみに。

　舞台に上がったのは桜崎 巴です。
　彼女は、なんだか不機嫌そうな顔をしています。
　しばし海原茂会長を挑戦的な視線で、じっと見つめていましたが、やがておもむろに口を開きました。
　英語のスピーチです。以下、その訳（大意）とします。
『悪いけど、皇帝になりたいとは思わない。支配はしたくないし、できれば援助したいと思う』
　これには茂も怪訝な顔をするばかりです。
　彼女の話す内容を、なんとなく聞いたことがあると思う生徒もいたようです。「あの喜劇王の……？」といった囁きも漏れ聞こえます。それでも大半の生徒は黙って聞いています。
　茂も黙っていました。ですがやがて内容が、『寝高はあたしが支配してやる！』という内容であると判ると、なるほどといったように頷きました。
　最後に巴は立ち上がって言いました。
「Look up， everyone． Look up！」
　そして彼女は茂を見向きもせずに袖に帰っていきました。
「茂さん、あの方はなんておっしゃりたかったのでしょうか……？」
　御巫時子が問うと、海原茂は軽く頷きました。
「既存の体制への批判だよ。その主張の主旨はともかくとして……来期の生徒会長選は面白くなりそうだな」
　間断なく、今度は三崎 楚良が舞台に上がりました。眼鏡をかけた知性的な顔立ちですが、茂のように冷たい雰囲気はありません。むしろ柔和で親しみやすい表情を浮かべています。
　楚良は手早く床と壁をビニールシートで覆います。舞台装置係の佐藤英二も協力して、ステージの中央に大きいカンバスを立てました。
「僕は絵が得意なので、簡単ながら即興で絵を描かせてもらおうかと思ってるんだ」
　ぺこりと一礼して、楚良は手に刷毛を持ちました。加えてペンキの缶も。いずれも一つではありません。たくさんの刷毛と数種類の缶です。
「上手く行くかどうかは運次第かな。頑張ってみるよ」
　上品な口調でそう微笑むと、彼は青いペンキに刷毛を入れました。
　カンバスから離れた位置で立ち、刷毛を勢いよく振ります。
　このとき刷毛は両手に持ち、激しく左右に動かして、力強く白いカンバスを染めたのです。
　半分近くを青色で染めた後、今度は茶色で、複数の太い細い線を描いていきます。剛胆な筆遣いです。
　その次は桃色。茶色の線の先々に、ピッピッと細かく刷毛を振ることで、小さな桃色の飛沫をつけていくのでした。
　観客の視線は楚良の背中に集まりました。彼が何を書いているのかは、背に隠されており見えないのです。
　ですがその筆づかいだけでも、芸術といっていい高レベルであることだけは伝わってきます。
　やがて彼は作業を終えました。
　にこりと笑って、楚良はその場から移動します。
　さっと英二がカンバスを前面に運びました。
　あっ、という声、あるいはうっとりとするような溜息。
　生徒たちの反応は上々です。やがて楚良は拍手に包まれることになりました。
　彼が描いたのは、青空の下に咲く満開の桜だったのです。この季節に相応しい題材でしょう。
　数分で仕上げたとはとても思えない、力強くも再現力豊かな画風です。
「ありがとう！」
　嬉しげに告げて楚良は舞台袖に消え、階段に足をかけたのですが……、おお、なんというお約束、眼鏡についたペンキのせいで足元がよく見えず、階段を踏み外してデデデーッと滑り落ちてしまったのでした。